〇 ハイデガー
人間は現存在であることの事実性を気分的に感じている。
しかし、人間はこの気分を言語によって具体化するのである。
ハイデガーは人間のこのような存在性格を開示部と呼ぶ。
また、これの三つの要素を認めている。
三つの要素とは、気分性、理解性、語ることである。
気分性ゆえに人間は、あれこれと設計する。
一定の環境に投げ込まれながらも、
ここから外へ自己を投げ返そうと、いろいろ試みる。これを投企という。
投企するためには前もって理解が必要であり、語ることによってそれを実現しなければならない。
人間は語る存在者であり、語ることの中にこそ、存在の住居がある。
さて、被投的なるがゆえに投企は、人間存在の有限性、死に対する決意に基づいている。
死への存在、とか死への先駆的決意性といった言葉は完結しない実存を予想し、
決然とこれに立ち向かうことによって、自己の最終的有限性と究極的無を承認することである。
それは個々の事柄に対する恐怖と異なり、常に「世界のうちにある、世界×内×存在」という全体と関わる。
あらゆる驚異にも勝る驚異なのである。
未知な死に先んじて、いかなるそんっざいの在り方をもつのか。
ハイデガーは、人間の本来的、非本来的なあり方という二つの存在可能性を指示している。
もちろん、死に先んじる在り方のことであるが、たいていの場合、隠されて日常を生きており、
これを頽落と呼び、このような人間一般を平人と呼んでいる。
ハイデガーの時間概念は常に未来に優位が置かれている。
しかし、それは死という限界を持つ有限的な未来を前提としている。
未来は未来は現在に招来し、帰還するものである。
すなわち、未来は時間的に現在に熟する、時熟するものである。
生と死との間の諸々の出来事が、時間との関連によって歴史を形成する。
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