「んなこといったって、しょうがないだろ!」

廊下に管野さんの声が響く。
昨日の戦闘でストライカーを壊した関係かしら、と考えていると、ブリーフィングルームの
ドアが勢いよく内側から開かれ、管野さんが飛び出してきた。
見るからに不機嫌そうだけど、怒っていると言うより、ちょっと拗ねた感じ。

やや遅れてにクルピンスキー中尉
「話の続きは二人っきりで、ワインでも飲みながらなんてどう?」
などと軽口を言いながら悠々と部屋を出て行った。

最後にニパさん
「それじゃ、失礼します」
と丁寧に挨拶はしているものの、ぼんやりと上の空みたい。

となれば、部屋の主はもう決まっている。
開かれたままのブリーフィングルームのドアから中を覗くと、深く、大きくため息をつく
ポクルイーシキン大尉の姿が見えた。

「お疲れ様です、大尉」
挨拶をすると、大尉は困ったような笑顔で、私を迎えてくれた。

「お疲れ、に見えました?」
「名探偵じゃなくても、わかります。昨日の戦闘の件ですね」
深刻そうな大尉の様子に、わかってはいるが一応理由を聞いてみる。

「はい、それについて報告をお願いしたのですが・・・はあ、私どうしたらいいのか・・・」
「また派手にストライカーを壊しちゃったそうですね、三人揃って」
「機材の破損に関しては・・・整備や補給の問題はありますが、仕方のない面もあるのはわかっているんです」

どうやら大尉の悩みは、ストライカーのことではないらしい。
確かに、ガリアが解放されて補給の面は大きく改善されたし、502の担当地域は随一の激戦区と
いうこともあって、高い機材の損耗率も大目に見られてはいる。
となると大尉の心配事は、当然ストライカーを使う側、ウィッチのことだ。

「三人のこと、心配されてるんですね」
「当然です。でも、どういっても真面目に聞いて貰えなくて」
「管野さんとクルピンスキー中尉は確かに・・・ でもニパさんはそんなふうには見えませんでしたが」
「そこが問題なんです。ニパさんは、怪我したり落ちたりに慣れてる、というより"諦めている"
ような感じがして。・・・いつか取り返しのつかないことが起こりそうで、私、怖いんです」 

なるほど、大尉が熱心に三人に「指導」をする姿はよく見てきたけど、本当に心配だからなんだ。

「どうにか話を聞いて貰えたらいいんですが・・・」

なんとなく大尉が、いたずらっ子を抱えた新任の先生のように見えてくる。
そういえば、自分の子供時代を思い出して一つのアイデアが閃いた。

「大尉、あとで私の部屋に来て頂けますか?」

---------------------------------------------------------------------------

「セイザ?ですか」
「はい、扶桑に古くから伝わる、精神修養の方法です」

扶桑では、武道の時間や修身など、何かと行う機会が多いが、ここ502基地は
ほぼ石造りの床のため、さすがに正座は厳しい。だから私の部屋に来てもらったのだ。

「大尉、それでは靴を脱いでベッドの上に上がってください」

「え?えええ???!?!?! 下原少尉!!???!?!?」

白い頬を瞬時に真っ赤に染め上げた大尉を見て、自分がとんでもないことを言ったのに気づく。

「いえいえいえいえいえ!そうじゃなくって、えっと・・・」


------------------------------------------------------------------------------

「なるほど、これが正座ですか」

今、私と大尉は、ベッドの上で、向き合って正座をしている。
何ともおかしな格好だが、座布団の類が無いので、手近に正座が出来そうな場所がここしかないのだ。

「なかなか・・・大変ですね」
「扶桑では、板張りの床でも行うんですよ。さすがに石の上ではしませんが」
「板の上でですか?とても出来そうにありません」
「慣れれば平気です。当面はクッションを人数分用意した方がいいですね。こうして姿勢を正し、
ゆっくりと瞑想することによって、素直に問題と向き合うことが出来るんです」
「なるほど・・・あう・・・」

いかにも苦しそうな大尉を見て、とりあえず切り上げることにした。
「あ、もう崩してくださっていいですよ」
「はい・・・」
「大尉のお役に立つかどうかはわかりませんが、私は心を落ち着けたいときなど、よく正座をしています」

と言いながらも、ひざがふれあいそうな距離で、慣れない正座でしびれた足をさすっている大尉の
愛らしさにもやもやとした気持ちがわき上がってくるのを抑えられないのであった。



その後、正座は精神修養の手段ではなく、懲罰として502に浸透した。