第23歌 ペネロペ、乞食(オデュッセウス)の正体を知る
内容
老女、ペネロペを起こす 老女エウリュクレイアは二階に上がった。「起きてください奥様。オデュッセウス様がご帰国なされ、求婚者どもを討ち果たされました。あの他国の客人がそうだったのです」ペネロペは最初本気にしなかったが、やがて喜んで起き上がった。多数の求婚者たちをたった一人でどうやって討ち果たしたのかと、妃は老女に訊ねた。老女は、「私は見ておりません。呼ばれて行ってみると、全てが終わった後でした。殿様は奥様をお呼びになっておいでです。さあ、行ってお二人でお会いになってください」といった。
ペネロペ、夫の帰還を信じない ペネロペは、「婆やよ、しかし、そのようなことが本当であるはずがない。きっと求婚者は、神によって悪行の報いを受けたのでしょう。オデュッセウスは遠い地で、命を失ったのですよ」といった。老女は、「では明らかな証拠を申し上げましょう。その人の足にはあの傷痕があるのです」といった。妃は、「神の御心は量り難いものです。ともかく行ってみましょう」といった。
ペネロペ、オデュッセウスと相対する 妃は広間へ行き、オデュッセウスと向き合って座った。妃がずっと黙っているので、テレマコスは、「母上、なにをなさっているのです。苦労を重ねて帰った夫を迎えて、近寄ろうともせぬ女が他にありましょうか」といった。妃は、「息子よ、私の心は驚きでしびれてしまっているのです。この人が本当に夫ならば、確認する方法はあります」といった。オデュッセウスはにやりと笑い、テレマコスに向かって、「息子よ、母には存分にわしを試させておけばよい。我らはむしろ、これからどうするか考えよう。国許で一人でも殺害した者は亡命するものだが、我らは多数の王侯たちを殺したのだ」といった。テレマコスは、「それは父上がお考えください。我らは勇んで父上に随います」と答えた。
オデュッセウス、偽りの婚礼を行う オデュッセウスは、「ではわしの考えを言おう。そなたらは身なりを整え、女中たちには晴れ着をつけさせよ。楽人には竪琴で甘美な歌を奏でさせよ。町の者たちに、婚礼を祝っていると思わせるのだ。我らは屋敷を出て、農園に行くつもりだが、それまで求婚者の殺害の噂を町中に広がらせてはならぬ」といった。一同は彼の言葉に従い、楽人に歌を奏でさせ、男たちは舞い、女たちは足を踏み鳴らした。屋敷の外の者は、「誰かが奥方を娶ったのじゃな。ひどい女じゃ、夫が帰るまで屋敷を守り通す辛抱もできぬとは」と口々にいった。
オデュッセウス、二人の秘密を話す オデュッセウスは湯浴みをし、美しい衣を着て、ペネロペの前に座った。「おかしな女じゃ。苦労を重ねて帰ってきた夫を迎えて、かたくなに離れているような女は他におるまい」ペネロペは、「私はおかしくなどありません。さあ婆やよ、主人の寝室からベッドを運び出して、寝床の用意をしておあげ」といった。オデュッセウスは、「これは驚いた。あのベッドを運び出せるものか。あのベッドはわしが造ったものだ。寝室の中に生えていたオリーヴの株を支柱とし、そこにベッドを組み上げたのだ」といった。それを聞くと、ペネロペは泣きながらオデュッセウスに抱きついた。「あなたが私たちの閨の秘密をお話になった今は、かたくなな私の心もほぐれました」オデュッセウスも愛する妻を抱いて泣きつづけた。アテナは二人のために夜を長くしてやった。
オデュッセウス、予言された運命を語る オデュッセウスは、「奥よ、まだ試練は終わっておらず、我らには長く苦しい難事が待っている。冥府にて、テイレシアスはそう予言した。しかし今は二人抱きあい楽しくやすらおうではないか」といった。ペネロペは、「その試練とはどんなことでしょうか」といった。オデュッセウスは、「テイレシアスはわしに、櫂を持って、海を知らない人間の国に着くまで、町々を訪ね歩けといったのだ。途中わしに会った男が、わしが持っているのは殻竿であろうと申したなら、そのとき櫂を地に刺し、ポセイドンに生贄を捧げる。ついで国許へ帰って、神々に百牛の生贄を捧げよとのことであった。わしは海から離れた所で、安楽な老年を送り生を終えるであろう、と予言者は語った」ペネロペは、「神々のご加護があれば、望みはあるはずです」といった。
オデュッセウス夫婦、身の上を語り合う 二人が語り合っている間に老女は寝床を用意した。二人は女中に寝室へ案内され、心楽しく寝床へ歩み寄った。一方テレマコスと豚飼と牛飼は踊りをやめ、屋敷の中で眠りについた。二人は心ゆくまで愛の交わりを楽しむと、互いに身の上を物語りつつ、語らいを楽しんだ。オデュッセウスはキコネス族を討ったところから語り始め、パイエケス人が船を出して故国へ送ってくれたことまでを、縷々として物語った。語り終えると二人は眠った。
オデュッセウス、父の農園へ向かう 朝になって、オデュッセウスは起きると、「奥よ、この屋敷にあるわしの財産は、そなたが面倒をみてくれ。これからわしは父上に会うため、農園へ行ってくる。父上には大層心配をかけたのでな。奥よ、日が昇れば、わしが討ち果たした求婚者の噂が広まるであろう。そなたは、二階の間でじっとしておれ。誰にも会ってはならぬぞ」といって、武具を身につけ、テレマコス、牛飼、豚飼にも武器を持たせた。彼らは屋敷を出て、町の外へ向かった。
関連
人名
エウリュクレイア | 老女 |
ペネロペ | オデュッセウスの妻 |
オデュッセウス | 求婚者を討った |
テレマコス | オデュッセウスの子 |
エウリュノメ | 女中頭 |
ヘパイストス | オリュンポスの神 |
アテナ | オリュンポスの神 |
ヘレネ | ゼウスの娘。トロイア戦争の原因になった女 |
エウマイオス | 豚飼 |
ピロイティオス | 牛飼 |
ポセイドン | 海をつかさどる神 |
テイレシアス | 予言者 |
アイオロス | 風神の支配者 |
カリュブディス | 海の深淵 |
スキュラ | 怪物 |
カリュプソ | 仙女。オデュッセウスを引きとめた |
地名
イリオス | トロイアのこと |
イタカ | オデュッセウスの故国 |
オリュンポス | 神々のすみか |
アルゴス | ヘレネの出身地 |
オケアノス | 世界の果ての河 |
テレピュロス | ライスリュゴネス族の町 |
オギュギア | カリュプソのすむ島 |