第20歌 求婚者謀殺前夜のこと
内容
アテナ、オデュッセウスの枕許に立つ オデュッセウスが広間の前部屋に毛皮を敷いて横たわっていると、求婚者らと情を通じていた女たちが、笑いながら女部屋から出てきた。オデュッセウスは激しい怒りを覚えたが、じっと耐えた。そこへアテナが天上から降りて、枕許に立ち、「どうして眠らないのか」といった。オデュッセウスは、「私は求婚者どもにいかにして痛撃を与え、その後はどこへ難を避けようかと考えているのです」と答えた。アテナは、「あきれた頑固者じゃな、神である私が助けるというのに、頼りにしないとは。よいか、もし五十の部隊に囲まれても、そなたは勝つことができよう。さあ、今は眠るのが良かろう」といって彼に眠りを注いでやり、オリュンポス指して立ち去った。
オデュッセウス、幸先よい前兆をきく 夜が明け、オデュッセウスは目覚め、寝床を片付けて祈った。「ゼウスよ、屋敷の誰かに幸先よき言葉をいわせてください。戸外でも前兆を現してくださいますように」ゼウスは祈りをきき、遠くの雲間から雷を轟かせた。さらに、オデュッセウスは広間の近くで一人臼を挽く女に出会った。女はいった。「ゼウスよ、辛い苦役で私を悩ましてきたあの求婚者どもが、屋敷で宴会するのが今日で最後になりますように」オデュッセウスは女の言葉とゼウスの雷鳴を心嬉しく聞いた。
豚飼エウマイオス、屋敷へ現れる やがて屋敷内では、女中たちが起きてきて炉に火をおこした。エウリュクレイアは女中たちに屋敷の掃除を言いつけ働かせていた。そこへ豚飼エウマイオスが豚三頭を曳いて現れた。豚飼はオデュッセウスに、「求婚者らはおぬしを少しは大切にあつかったか」といった。オデュッセウスは、「あの者らは傍若無人に振る舞い、恥を知ることがない」といった。
山羊飼メランティオス、オデュッセウスを罵倒する そこへ山羊飼メランティオスが、数頭の山羊を曳いて現れた。彼はオデュッセウスを、「お前はまだここで物乞いして人々に迷惑をかけるのか。殴りあわないと、われらの決着はつかぬようだな」と罵倒した。オデュッセウスは、怒りに耐えて黙っていた。
牛飼ピロイティオス、オデュッセウスに忠実をしめす そこへ牛飼ピロイティオスが牝牛一頭と山羊数頭を曳いて来た。彼は豚飼に声をかけ、オデュッセウスにも手をさしのべて挨拶した。「ご老人、よくぞ来られた。おぬしを見た時、オデュッセウス王のことを思って、目は涙に濡れてしまった。あの方がわしに任せてくださった牛は、今では求婚者どもにみな食べられてしまう。わしは国を捨てて出て行くことも考えたが、今なお不運なご主人のことが忘れられぬ」オデュッセウスは、「牛飼よ、そなたは分別のある男だ。されば誓っていおう、オデュッセウス王は必ずおぬしがここにいる間に帰ってこられ、求婚者どもを討ち果たしてくれるだろう」といった。牛飼と豚飼は、そうなったらどんなによいか、と神々に祈願した。
クテシッポス、オデュッセウスを挑発する 求婚者たちは屋敷に入り、食事と酒をとりはじめていた。テレマコスはオデュッセウスを敷居の傍らに座らせ、食事と酒を分け与えると、求婚者らに向かって、「ここでは暴言や手荒な振る舞いは慎んでもらいたい」といった。一同はテレマコスの大胆な発言に驚いた。アンティノオスは、「腹に据えかねる発言だ。ゼウスの許しがあれば、とうにその口を封じてやったのだが」といったが、テレマコスは動じなかった。求婚者のクテシッポスという男は、オデュッセウスを見て、「この他国者は皆と同じ分け前をもらっているようだが、わしからも彼に引き出物を贈ってやろう」といって、牛の脚を投げつけた。オデュッセウスは首をひねってこれをかわした。テレマコスが、「クテシッポスよ、今のが当たっていたら、私がそなたを槍で貫いていたぞ。よいか、誰もこの屋敷内で不埒な振る舞いをしてはならぬ。私を殺そうというのなら、かかってくるがいい」というと、一同は静まり返った。
アゲラオス、テレマコスを説得にかかる 求婚者の一人アゲラオスがいった。「今のテレマコスの言い分はもっともである。彼には、わしから穏やかに話をしてみよう。さて、オデュッセウスの帰国が期待できる間は、そなたが求婚者を制止してもそれを咎める筋合いはなかった。しかし、今や彼が帰らぬことは明白じゃ。そこで母者に勧めてもらいたい、最も多額の結納を納めることができる男に嫁げとな。そうすれば、そなたも求婚者に悩まされることはなくなるわけだ」テレマコスは、「私は母の結婚を延ばすつもりはない。しかし気の進まぬ母を説き伏せて、屋敷から追い出すような恥知らずの振る舞いは私には出来ぬ」といった。
アテナ、求婚者を狂わせる そのとき、アテナは求婚者たちの心を狂わせた。彼らは高笑いが止まらず、血まみれの肉を喰い、目には涙を流し、胸には悲嘆の想いが迫ってきた。テオクリュメノスは、「ああ憐れな者どもよ。そなたらは暗黒に閉ざされているぞ。門も中庭も、暗黒の世界エレボスを指して急ぐ幽鬼の群れにあふれ、暗雲が辺り一面をおおっている」といった。求婚者たちは彼を嘲って笑い、エウリュマコスは、「この客は狂人じゃ。さあ若い者よ、こいつを集会場へ行かせてやれ」といった。テオクリュメノスは、「案内人など頼まぬ。私は自らの足で屋敷を出て行くが、それはそなたらに厄災が迫っているのが判るからだ」といって、屋敷を出てペイライオスの許へ行った。
求婚者、テレマコスをからかう 一方求婚者たちは、オデュッセウスを嘲笑しつつ、口々にいった。「テレマコスよ、そなたほど客運の悪い男もおるまい。この他国者は、パンや酒をせがみながら、仕事をする甲斐性もなく、腕力が強いわけでもない。もうひとりの男は、いきなり立ち上がって予言をはじめるという体たらくだ。この者たちを船に放り込んで、シケリア人の国へ売り飛ばしたらどうだ」テレマコスは彼らの言葉を気にもせず、父がいつ求婚者たちに手を下すかと見守っていた。
関連
人名
オデュッセウス | 乞食に身をやつして、求婚者への復讐の時を待つ |
エウリュノメ | 屋敷の侍女 |
アテナ | オデュッセウスを励ますため枕許に立つ |
ゼウス | オデュッセウスに吉兆を示す |
ペネロペ | 予兆の夢をみる |
アルテミス | オリュンポスの女神 |
パンダレオス | ゼウスの秘宝、黄金の犬を盗み、妻とともに殺される |
アプロディテ | オリュンポスの女神 |
ヘレ | オリュンポスの女神 |
ハルピュイアイ | 風魔 |
エリニュス | 怨霊 |
臼を挽く女 | オデュッセウスに吉兆の言葉をきかせる女 |
テレマコス | 父とともに、求婚者への復讐の時を待つ |
エウリュクレイア | 屋敷の女中頭。ペイセノルの子オプスの娘 |
エウマイオス | 忠実な豚飼 |
メランティオス | 傲慢な山羊飼 |
ピロイティオス | 忠実な牛飼 |
アンピノモス | 求婚者。唯一といっていい善人 |
アンティノオス | 求婚者のリーダー格。エウペイテスの子 |
クテシッポス | 求婚者。牛の脚をオデュッセウスに投げつける |
アゲラオス | 求婚者。ダマストルの子。わりと穏健な人物 |
テオクリュメノス | 予言者。求婚者の破滅を予言する |
エウリュマコス | 求婚者のリーダー格。ポリュポスの子 |
ペイライオス | テレマコスの友人 |
地名
オリュンポス | 神々の住みか |
オケアノス | 世界の果てに流れる河 |
サメ | イタカ近辺の島 |
イタカ | オデュッセウスの故郷 |
エレボス | 暗黒の世界 |