「おはようございます、坊ちゃま」
俺が挨拶すると彼はとても嬉しそうな顔をして「おはよう」と言った。
ここは屋敷の裏庭。少しぐらい屋敷の令息と召使の獣人が談笑していたって見咎められない場所。
彼は俺の隣にちょこんと座っている。毎日シルクのベッドで寝ているくせに、俺の薄汚れた毛皮の感触が好きなのだという。
しばらくたわいのない話しをした後、俺は本題を切り出した。
「最近何か運び込まれていたようですが、どうしたんですか?」
「ああ、あれね!」
彼は目を輝かせると、嬉しくてたまらないといった様子で話しはじめた。
最近父が妹のためにピアノを買ったこと。しかし彼女はちっとも触っていないこと。自分には何も買ってもらえないと愚痴を言ったら、新しい玩具を買ってくれる約束をもらったこと。
「そうですか……よかったじゃないですか」
「うん! 買ってもらったらお前にも貸してあげるよ、友達だから!」
トモダチ。
その言葉にチクリと刺された胸を押さえ、俺はにっこりと微笑んでみる。
「ありがとうございます、坊ちゃま」
「うん、約束するよ!」
売れば俺が3人は買えそうな懐中時計を取り出して、彼は慌てて立ち上がった。
「大変、家庭教師さまが来る時間だ。じゃね!」
楽しげに駆けていく彼の後姿を俺はまっすぐ見られなかった。
坊ちゃま、あなたは自分がどんな情報を獣人に与えているか理解していない。
屋敷内の間取り、武器になりそうなもの、貴重品の在り処。全て俺たち獣人が反乱を起こすのに必要なものばかり。
君が俺と話すたび、襲撃の日は確実に近づいている。
でも君に罪はない。だから。せめて、俺は。
君を幸せなまま、安らかに眠っているときに殺してあげよう。
それが、俺の君にあげられる最高の友情だ。
最終更新:2009年05月06日 05:54