feat.lonely twin#1


 今、最後の一人が「誕生」した。
 俺がキーを叩くと緑色の液体に満たされたカプセルの中に小さな細胞が一粒落ちる。まだ何の変化があるはずもないのに、隣りの六道は一生懸命目を凝らしている。
「これが新しい仲間になるんですか?」
「ああ。もう少し待てば子供になるはずだ」
「楽しみですね!」
 ふさふさの尻尾を振って六道は目を輝かせる。俺はそんな彼女の頭をぽんぽんと叩くと椅子から降りた。床に足を下ろすと金属の冷たさが肉球に染みる。広い工場の中、ここだけが床も外壁も無機質な金属で覆われていた。きっと、生まれてくる生命の運命を示すために。


 部屋を出て背後のドアが閉まる音が鳴った途端、六道はせわしなく毛繕いを始めた。
「どうした?」
「いえ、そのぅ……匂いが残ってる気がして。声聞さまは嫌じゃないんですか? あの部屋、変な匂いがするしカガクだらけだし。嫌いです」
「そう言うなよ。仮にも皆の故郷だぞ」
「そうですけど……」
 小さく唸る六道は心底嫌そうだ。「ついてこなければいい」と言うと、とんでもないと首を振った。何が何でも俺についてくる彼女は俺の世話役であり、監視員でもある。
「今日はもう終わりかな?」
「はい。お部屋に帰りましょうか」
 促されるまま、俺は自室に続く長い通路を歩き出した。

 俺がさっきまでいた部屋は文字通り俺と獣人の「故郷」だ。皆あの部屋で生産されて人間のために働いていた。部屋の主が替わった今でもやっていることは変わらない。コンピュータに遺伝子の「レシピ」を入力し、養育カプセルの中に胚を投入する。一定の期間を経て、新しい「仲間」が誕生する。全てオートメーション化されたそのシステムは、生産するだけなら獣人でもできた。
 しかし、それまでだった。
 誰も「レシピ」を理解できず、変更できない。同じ遺伝子を持つ者だけでは、必ず種として破綻してしまう。獣人たちはそれに気づいたが、どうすることもできなかった。下手に弄れば仲間を生産することすらできなくなる。
 そこに一人の人間が現れた。噂ではこの工場の元研究員だったらしい。彼は獣人たちに交渉し、信頼を勝ち得、遂にあの部屋に入ることを許された。その条件は、ただ一つ。

「人間同様に知能の高い獣人を作る」

 そして彼は実行した。コンピュータを自由自在に操り、膨大な実験データを手繰り。
 そして望まれた子、知能の高い獣人は誕生した。双子だった。
 そして彼は血祭りに上げられた。もう不要でしかも人間だからという、ひどく身勝手な論理によって。

 生まれた子は確かに知能が高かった。彼は工場に残っていた資料と絵本を頼りにレシピを再構築し、獣人という種に未来を与えた。救世主とまで呼ばれ、あっという間に獣人たちの尊敬の的となった。
 そう。その双子の片割れが俺、声聞。開発コード「^2」だ。


「どうしたんですか声聞さま。なんか鼻に皺寄ってますよ」
「え……?」
 知らず知らずのうちに考えが顔に出ていたらしい。慌てる俺を見て六道はケラケラと笑った。
「珍しいですね、声聞さまが焦るなんて」
「そ、そうか」
「そうですよ。いーっつもむっつりした顔で、何を言ってもろくに返事もなし。もうちょっと笑顔とか必要だと思います」
 そう言う六道から少し笑顔を分けてもらえたらと思う。現に今だって説教しているはずなのに、その笑顔は崩れない。多少目が吊り上っていたとしても、なお。
 もう夜も遅いのに、尻尾を振り振り彼女は小言を繋げた。
「だいたい声聞さまは何でも考えすぎなんですよ」
「考えすぎ?」
「そう、考えすぎ。確かに考えるのが声聞さまの仕事ですけどね、やりすぎです。四六時中考え事ばっかりして。何も考えない時間ってないでしょ」
「……」
 残念ながらその通りだ。降参の合図として耳を伏せてみると六道はいっそう怒り出してしまった。
「こら、耳伏せない。最後まで聞いてください」
「会話をすると考え事が車軸的に必要になる。結果として先程の君の提案に幾何学的に反する状況は容易に考察可能である。よって私は自らを古来の格言の従順な遵守者の位置に置くことを選択する」
「……内容はわからないですが、とりあえず誤魔化そうって魂胆はわかりました。大変よくないです」
 ぷりぷりと怒る六道がまた何か言う前に、自室のドアが見えてきた。これ幸いと俺は足を速め、彼女を振り返る。
「六道。また明日」
「はい、また明日。私が言ったこと覚えてますか?」
「考えすぎ、だろ?」
「そうです」
 彼女は不意に真顔になって、俺の手を握った。知らないうちに冷えていた手に、彼女の体温は痛いくらい暖かい。
「無理はしちゃいけません。しっかり食べて、しっかり寝て。生きていかなくちゃならないんです。声聞さまも、私も、皆も」
「……ああ」
「約束してくださいね、声聞さま」
 彼女は確かめるように強く俺の手を握った後、するりと通路の横道に消えていった。




タグ:

声聞 六道
+ タグ編集
  • タグ:
  • 声聞
  • 六道

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2009年07月05日 00:49
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。