feat.lonely twin#2


いつもの通り、部屋は中心にあるベッドを除いて綺麗に掃除されていた。
窓枠にも壁際の机にも埃ひとつない。
本棚にある古びた絵本まで丁寧に整頓してある。
俺はその中の一冊を手に取ると、部屋の中央にあるベッドに腰掛けた。
こうして俺が隣りに座っても、規則正しい寝息は途切れない。
そっと頬を撫でると、手に柔らかな感触が残った。
双子の片割れ、縁覚。彼女はこうして眠り続けている。生まれたときから、ずっと。
「双子」というものは本来獣人には存在しない。
同じ「レシピ」で作られた者はもちろんいるが、カプセル一つにつき一人。それが普通だ。
俺たちは違った。一つのカプセルに発生した命は二つ。
一卵性の双生児。俺たちは「子宮」を共にし、産声を共にあげた正真正銘の双子だった。
俺たちの誕生を獣人たちは喜びと畏れをもって迎えたという。それなのに。

俺は目覚めた。
君は目覚めなかった。

脳は生きているのか、呼吸はする。食物を喉に流し込めば嚥下する。排泄もする。
それだけだった。永遠に目覚めることのない救世主。
最初は期待を持って育てていた獣人たちも、これは「失敗作」だと認識しだした。
俺が知恵をつけ、権力を握るのがもう少し遅かったら。彼女は間違いなく処分されていただろう。
こうして眠る縁覚は誰よりも美しかった。俺とそっくり同じはずなのに、何かが違う。
それはきっと、俺たちに起こったエラーがもたらした結果。

絵本を開き、幾度となく読み聞かせた物語を俺は再び語りだした。


「昔々、あるところに……」

俺たちを作ったという人間はこの結果を予想していたのだろうか。
一が二に分かれ、片方は眠り続け、もう片方は人間に反旗を翻す。
静と動の分化。結果として獣人たちの望みは叶ったのだけど。

「王様と王妃様がおりました。二人は子供が欲しくて欲しくてたまりませんでした」

だが、それは虚像だ。獣人たちの望みは叶ってなどいない。
俺たちを作った人間、愚かな獣人に屠られた彼は失敗したのだ。
双子であったことが、その何よりの証拠。俺と縁覚は工業製品として失敗作だ。

「そして一人の女の子が生まれました。それはそれはかわいらしい赤ん坊でした」

俺は彼ら旧世代の獣人とは確かに違う。だが、設計通りに知能が高いわけではないのだ……きっと。
「レシピ」だって、自分で考えているわけじゃない。所詮は誤差の許容範囲内で遊んでいるだけだ。
それ以上、たとえば知能の高い獣人を生産することなどできはしない。

「王様と王妃様は祝宴を開き、一人を除いて国中の魔女を招待しました」

一歩踏み出して、実験してみればいいのかもしれない。いつもの数値をもう少し、あと少し大きくしてみれば。
でもそれはできない。命を玩ぶこと。それは獣人にとって最大の禁忌。最もやってはいけないことだから。

「魔女達は王女様に一つづつ贈り物をしました。最後の一つというところで、呼ばれなかった魔女がやって来ました」

せめて、まだ見たこともない人間たちに教えを請うことができたなら。
そうすれば、俺も安心して「レシピ」を設計できるかもしれない。
人間たちの科学は恐ろしく進んでいる。きっと……縁覚を、この半身を目覚めさせることができるくらいに。

「魔女は呪いをかけました。王女様は錘が刺さって死ぬ、と」

俺は時々思うのだ。もし俺が人間たちに投降して、もしその技術が人間たちにあって、
もし縁覚が目覚めることがあったなら。俺は喜んでそれを実行してみせる。

「最後の魔女はその恐ろしい呪いを修正しました。王女様は100年の間眠り続けると」

……所詮、それはただの空想だ。
俺は今では獣人たちのリーダーであり、イコンだ。
俺は無心に慕ってくる彼らを、六道のあの暖かい手を振り払うことなど出来ない。

「やがて王女様は呪いの通り眠りについてしまいました。長い長い眠りに……」

どうしてここまで縁覚に執着するのか、自分でも理解できない。
話したことも、抱かれたことも、笑顔を向けられたこともない。
ただ、眠り続けているだけなのに。彼女さえいなければ、俺もこうしてわだかまることなく、
素直に獣人たちと一体になれるはずなのに。

「長い時が経ちました。一人の王子様がやって来て、王女様にキスをしました」


本を置いて、俺は絵本の通り縁覚の唇を奪う。深く、深く。
自分の片割れと舌を絡め、頭を優しくかき抱く。その体温を感じるために強く抱きしめて。

もちろん、現実は絵本通りにはなれない。眠り姫は目覚めず、呪いは解けない。

接吻を終えて、俺は縁覚の隣りに潜り込んだ。床ずれをしないよう、彼女の体を少し動かして。
絵本を読み聞かされ、キスを受けてもなんら縁覚に変わった様子はない。
いつものように、ただ静かに眠り続けている。
君がどんな夢を見ているのか、俺には分からない。でも、こうして隣りで寝ると、その夢を共有できる気がする。
「俺にも……見せてくれ。夢を」
もう一度軽く縁覚にくちづけて、俺も目を閉じた。

夢は、見なかった。




タグ:

声聞 縁覚 六道
+ タグ編集
  • タグ:
  • 声聞
  • 縁覚
  • 六道

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2009年07月05日 00:49
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。