bury myself


――第二区域、襲撃されました。 まもなく調査終了です、どうぞ。

どの家屋も全焼だった。
あたり一面焼け野原でまだ火の粉が散っている。
レンガでできた家すら燃えてしまう。
もはや焦げ跡なのか血しぶきなのかも分からない得体の知れない模様が灰の上に広がる。

美しいはずの街路樹も、清らかで悠然と流れる川も、すべて粉塵と化した。
人間の兵器は何もかもを破壊しつくし、そこにはほとんど死体が残らない。


「ひどい……」


僧侶出身の衛生兵、ミサキは、大きなスコップを片手に瓦礫の山を縫うようにさまよった。
小柄な白い猫獣人の少女は、戦場には不釣合い。
僧侶出身とは言え、着ているのは僧衣ではなく作業着。紺色の丈夫なデニム生地のつなぎ。
スコップのほかに、救命箱の入ったリュックサックを背負っている。
ほんとうにささやかな応急処置しかできない代物だけれども、持っているだけでミサキは安心した。


多くの調査員が引き上げていく中、ミサキはまだ諦めずに残っていた。
必ず何か見つかるはず。人間といえど、必ず何か重要な痕跡を残す。
願わくば、誰か生き残った獣人がいれば保護し助ける。そして情報を訊くのだ。

焼けた町は、商店街も教会も残っていなかった。
第二区域はミサキが幼少の頃過ごした、いわゆる故郷。
思い出の中の町と、目の前に広がる景色は、まったく別のもののようだ。
公園のベンチが潰れている。かつて、ここには沢山の獣人の子供達がいて毎日楽しそうに尾を振っていた。
今は灰と雪が積もる砂場。砂場だけは昔のまま。
懐かしくなって少し泣けてきた。


ミサキは代々僧侶の家系に生まれ、ミサキ本人も将来は尼になることを夢見ていた。
第二区域は教会の町。
でも、今は思い出に浸る暇は無い。
こうやって自分にできることをするしかない。
力のない自分は戦えない。戦えないから、少しでも戦場で働く他の仲間に力を貸したかった。
なにより、自分の手で救われるかも知れない命があるなら、そう思うと居ても立っても居られなかった。
危険の去った戦場での情報収集、被害者の救済と埋葬、それが僧侶ミサキの仕事。

雨が降り始めた。雪ではなく雨。
深々と凍るように冷たい雨。わびしい廃墟を洗い流していく。
鎮火した戦場は灰色。

第二区域の西側は、比較的建物が残っていた。
さびれた港の倉庫。古びたガラス窓は全て割れ、レンガの破片と共に辺りに散らばっている。
かすかに海の音が聞こえる。

ここでは、朝早くから獲れた海産物を卸す競りが毎日行われ賑わっていた。
威勢のいい男どもの声。舟歌。
今でも爽やかな潮の香りを鮮明に思い出す。

壁のない倉庫を覗くと、そこに首のない獣人が山のように積まれていた。
吐き気を催すような腐臭につられ、無数の虫が集っている。
ミサキは驚き、そして落胆した。生きている獣人など、やはりいない。

僧侶として十字を切った後、ミサキは持っているスコップで、一人ひとり死体を土の下に埋めていった。
死体をわざわざ埋めるのには二つの目的がある。
疫病の蔓延を防ぐためと、死者の尊厳を保つため。
我ながら僧侶らしいと自分で思った。

こんな残酷な仕事は、本当は嫌だった。
ミサキは、生きている者のために働きたいと願っている。
家族をすでに失っているミサキは傭兵として軍に勤める。
しかし力のないミサキは戦場では足手まといになるため、こうやって衛生兵として働く。

できれば普通の女の子でありたい。
いつでも逃げることもできたはずなのに、自分は何故、ここにいるのだろう。



「きゃっ!」


死体の山から八人目の死体を運ぶ時、その下が突然動き、一人の獣人の頭が飛び出した。
虎獣人の男。こめかみに銃痕があり、左耳が吹き飛ばされ黒い血を垂らしていた。
目は開いていないが、生きている。

ミサキは死体の山から虎獣人を引きずり出した。
ものすごい重さだ。
この第二区域は大柄な猫科獣人が多かったが、
その中でもずば抜けて大柄で鍛えぬかれた体。
この虎獣人は知っている、有名人だ。


「大佐!」


こんなに近くで見るのは初めてだった。
大佐は射撃の名手として名が高く、どの区域でも英雄だった。
それでいて謙虚で、誰にも分け隔て無く敬意を払う立派な人。

今は屈強な軍人の面影はなく、その顔は恐怖と絶望に満ちていた。
死体の中で隠れ生き延びる大佐。
腐りかけた肉塊にまみれる醜い男

ミサキは、生存者をみつけた喜びよりも不安が大きく感じた。
こんなに素晴らしい人ですら、戦場はこんなふうに変えてしまう。


「大佐、今手当ていたします、衛生兵のミサキと申します」
「目が、目が見えない……」
「動かないで下さい、すぐに消毒、止血いたします」

ミサキは涙が溢れてきた。
脈が弱く呼吸が浅い。
大佐は助からない。傷が深く血を失いすぎている。
何度も人の死を見てきたミサキには、もう手遅れであることがわかっていた。

それでも、どうしても諦めることはできず、応急処置を始めた。
目の前の命は、見捨てられない、ミサキの弱さ。
自分が感じている不安ができるだけ大佐に伝わらないように、懸命に真っ直ぐ話した。

「どこか、痛いところは、ありますか?」
「頭、頭が! 撃たれた、撃たれた銃弾が、まだ頭の中に!」
「すぐに注射いたします、痛みはすぐに楽になりますからね」

ミサキはおどろくほど手際よく、処置を施して行った。
助からない男を、必死で助けようと努力した。
処置はもう、条件反射でできる。

「見える、見えるぞ、まだ目に焼きついている。機械の狼、人間、にんげん!」
「う、うごかないで」
「人間に撃たれた、人間に、女だ、女」
「喋らないで、出血が」

口から血を大量に垂らしながら、虎獣人は見えない目の瞼の裏をよぎる記憶を叫び続けた。
ミサキは必死で大差を押さえつける。

「そうだ、機械の狼、機械の、獣人が、人間の、あの狼、あいつ、まちがいない」
「お願い、とまって、とまってってば!!」

ミサキも叫ぶ、金切り声に近い声だった。

「あいつ、あいつは、知っている、あいつは」
「落ち着いてください、大佐! 大佐!」
「そう、あいつは、あいつは第六区域の、やはり」

裏切った。 その言葉でミサキは落ち着きを取り戻した。
第六区域は獣人の要塞、滝の要塞。
今は氷に閉ざされた、北の要塞。
そして、私達、新しく作られた知能の高い獣人の真の故郷。


「さん! さんたろう! あいつ、うらぎりもの、機械の狼、さんた、ろ」
「大佐?」

最後の声を振り絞り、ひとしきり叫んだ後、たくましいはずの命はあっけなく途絶えた。
ミサキは、呆然と死んだ大佐を見つめていた。

そして恐怖で寒気を感じた。
獣人の裏切り者がいる。機械の狼、さんたろう。
ミサキは忘れないうちに救命箱からノートを取り出し、書き出した。


いつのまにか雨は止んでいた。





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最終更新:2009年07月05日 00:50
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