feat.Advent(cradle)


撃つ。撃つ。撃つ。荒い映像の中、黒い人影はリズムよく発砲する。それにつき従う黒い影もまた逃げ惑う獣人たちに襲いかかりその命を破壊していく。木々の間に設置しておいた監視カメラは一つの集落が消えていく様を克明に記録していた。
分かっているだけで五。おそらく八。最悪、十。それだけの集落がこのコンビに殺されている。幾度となく再生した映像を停止して、声聞は深く溜息をついた。これだけの犠牲を出してなお、たった二人の死神を止められない。声聞はそこに獣人の限界を見ずにはいられなかった。この調子では百人投入したところで倒せるかどうかも怪しい。

獣人は確かに人間と比べて身体能力が高い。種族によって若干のばらつきがあるものの、全体として高いポテンシャルを誇っている。獣人と人間が争う場合、単純な殴り合い、またはバールのような鈍器を使っての殺し合いならば、まず間違いなく獣人が勝つ。
だが、銃器を使っての近代戦となると両者の位置は逆転する。高い身体能力は大きなアドバンテージだが、それを打ち消して余りあるディスアドバンテージがあった。
高度な作戦行動を理解できない。複雑な近代兵器が扱いきれない。
結果、突撃銃を持って大人数で突撃という戦法一択となってしまう。今まではそれで何とか通してきたが、今回はそれは許されないようだ。


声聞がもう一度映像を再生しようと伸ばした手は優しく遮られた。
「六道?」
「何回見たら気が済むんですか。最近は朝から晩までそればっかりです」
「……ああ」
いつのまにか声聞の後ろに立っていた六道はやれやれと首を振った。それと気づかれないように気をつけつつ、声聞は急いで画面を消す。自分の世話係になる以前、六道は戦闘教官だったと聞いていた。その教え子が何人も何人も彼らに殺されているとも。そんな彼女の前でいつまでもこれを表示しているほど声聞はデリカシーがない獣人ではない。
「気を使わなくていいです。対策会議のときに私も見ましたから」
「……そうだったな」
先程の会議の様子を思い出して、声聞は一層憂鬱になった。いくら獣人たちが集まったところで、作戦を決定するのは結局のところ声聞だという欠点。生きた目撃者がいないという事実は敵の練度の高さと徹底の証。人材不足に情報不足。明確な打開策がないまま会議は終わってしまった。状況を変えられるのは自分だけだという重圧が声聞に重く圧しかかってくる。

「こら」
六道はそんな声聞の耳を掴んでめっと叱った。
「まーた考え込む。やめなさいと言いました」
「でも、これは考えないと」
「こんな部屋に引きこもってぐるぐる考えててもいいことないですよ。たまには気分転換も必要です」
「……うん」
素直に頷いた声聞の頭を六道はよしよしと撫でる。目を細め、声聞はしばらくその懐かしい感覚に浸っているようだった。控えめにぱたぱたと揺れる尻尾を見て六道は優しく微笑む。こんなことをするのは何年ぶりだったろうか、とふと思った。
「お腹すいてます?」
「うん……ちょっと」
「何か軽いもの作ってきてあげます。何がいいですか? カボチャのスープ?」
「それは……ちょっと」
みるみる元気を失っていく尻尾を見てつい笑ってしまうと、恨めし気な視線が飛んできた。
「分かってます分かってます。いくつになっても声聞さまはカボチャが嫌いなんですね」
「いい加減許してくれよ、頼むから」
遂に耳まで伏せてしまった彼の頭を優しく叩くと六道は部屋を出た。彼が大好きなトマトスープの材料はまだあったかしらと記憶の箪笥を引っくり返しつつ。

「……ふぅ」
六道がいなくなった部屋で声聞はがっくりと肩を落とした。本当に、いくつになっても彼女にはかなわない。さっきまで従順な部下の顔をしていたと思ったら、いつのまにか教育者の顔でお小言を並べ立てる。後者は二人きりのときに限るとは言え、扱いづらいことこの上ない。
「いつからだったかな……」
当面の悩み事を忘れ、声聞は六道とのことを思い返していた。


最初に会ったのは、確か乳母と引き離された直後だ。眠り続ける縁覚の隣りで幼い声聞は一人しくしくと泣いていた。自分を世話してくれていたいつもの雌は姿を見せず、来るのは猛々しい雄の獣人ばかり。怖くて寂しくて悲しくて、声聞は縁覚と二人きりのときはついつい泣いてしまった。
そんな状態のときに来た六道は、あまりにも怖かった。
目つきは鋭く動作は荒々しく。しかも、いつも自分達を覗きに来ていた顔に恐ろしげな傷のある虎まで彼女にへいこらしている。声聞は本能で悟った。このひとは、つよくてえらい。
「少佐、こいつらが例の双子か」
「はっ、そうです」
「フン……これが希望、か」
声聞は涙を拭いて精一杯六道を見上げた。どんなに怖い獣人でも、こうしていればいなくなってくれることを知っていたからだ。我慢していれば、いつかは終わる。
「私は六道。今日からお前の教育係となった。これからは寝食を共にし、常に一緒にいることとなる」
声聞は縁覚を抱えて逃げだした。

それからの日々は声聞にとって地獄だった。毎日毎日厳しい訓練をさせられ、それが終わると六道手製のまずい料理を食わされる。勉強の時間だけは厳しい視線が緩んだが、かといってサボると罰が待っている。寝るときでさえ監視されている気がして声聞はビクビクしていた。
日に日に募っていた不満が爆発したのは、ある日の夕食時だった。目の前に出されたカボチャスープの皿を押しのけ、声聞はきっぱりと言い張った。
「……食べたく、ない」
「食べろ」
「嫌だ!」
投げつけられたスープ皿を六道は受け止め、それで思い切り声聞をぶん殴った。
「甘ったれるな!」
「やだ! やだやだやだやだやだぁ!」
スープまみれで泣き叫ぶ声聞の首根っこを引っ掴み、六道は声聞を外へ引きずり出した。
声聞専用の家を出てしばらく行くと、そこは獣人たちが住居を作っている小さな集落だった。みすぼらしい掘っ立て小屋が並ぶ中、六道は地面に声聞を放り投げて怒鳴りつけた。
「見ろ!」
騒ぎを聞きつけて獣人たちが集まってくる。見知らぬ他人に囲まれ、声聞は怯えて鳴き声をもらす。そんな彼を睨みつけて六道は吼えた。
「見ろ! お前が無駄にしたスープのために、彼らが何を犠牲にしているか!」
獣人たちは一様に痩せこけ、あばら骨が浮き出ていた。農業に従事していたことはあるものの、自分達では食物を生産できないその頃の獣人たちは恒常的に飢えに苦しんでいた。木の皮ですら常食となる。そんな彼らの窮状を見せつけられ、声聞は衝撃で頭がどうかなりそうだった。
「分かるか! 彼らだけじゃない。前線で兵士達も人間と戦っている。誰のためだ?」
「うっ……ひぐっ……」
「お前だ! そうやっていつまでもメソメソ泣いている、お前! お前のためにどれだけの犠牲が払われているのか、理解しているのか!」
「だって、だって」
「だっても何もあるか! 皆、お前のために戦っているのだ! それなのに!」
「くぅぅ……」
蹲ってただただ泣き続ける小さな子供。そんな彼に、六道は冷たく言い放った。
「救世主の名を持ちながら、お前は何とも戦っていない……最低、だ」
踵を返してその場を後にする六道の胸はすっきりしていた。やっと言いたいことを全部言えた。ここまでやれば、もう彼女に救世主の教育係をやらせようとする者はいないだろう。今日は祝いに一杯部下とやって、それからまた以前の職務に戻ろう。そうしよう。
そんな彼女を引きとめたのは低い唸り声だった。
「……違う」
「何?」
「僕は、戦う」
「……私とだろ? バカバカしい」
「違うよ」
そう言って六道を見る声聞の瞳はさっきまで泣いていたとは思えないほど澄んでいた。
「大人が言ってた。僕はいいけど、縁覚は役立たずだって。処分してもいいかもって。だから僕は縁覚のために戦う。あの仔が殺されないために戦う。縁覚のためだったら、僕はどんなことだってやってみせる……あなただって、殺す」
冷静に見ればどうしようもなくエゴイスティックな理由だったし、六道はそこで彼を張り倒すべきだった。が、それを許さない何か、歴戦の勇士である六道ですら気圧される何かが声聞の瞳には宿っていた。
「……帰る。縁覚のところへ」
立ち上がり、よろめきつつも歩く彼を六道は自然と支えていた。もう自分は彼を認めるしかないのだと、そのとき彼女は悟った。

それから二人の関係は少しマシになった。六道はわざと厳しくするのを止めたし、声聞もできるだけ彼女の期待に応えようと頑張った。六道が料理下手なのを告白してからは声聞が料理書を読み、六道がその通りに作ろうと奮闘するようになった。二人が初めて作ったトマトスープは意外に悪くなかった。


「あの頃に比べると上達したんだよな、料理」
椅子に腰かけ、声聞は複雑な思いに囚われていた。自分がある程度権力を持つようになると、六道は自分に敬語を使い、従順な部下として振舞うようになった。何度止めてくれと言っても六道は首を横に振った。ケジメを示すためにそうしなければならないのだと分かっていても、声聞は悲しかった。まるで彼女が自分との間に勝手に溝を引いてしまったようで。
説教が長くなったのはどうかと思うけどな、と声聞が苦笑したとき。にわかに外が慌しくなり、ドアを開けて下っ端の獣人が飛び込んできた。
「どうした!」
「例の二人組に巡回中の兵士が襲われて、今一人だけ帰ってきたんです!」
「分かった、今行く!」
暖かな過去から冷たい現実に放り込まれた心を奮い立たせるために、声聞は勢いよく椅子から飛び出した。




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最終更新:2009年07月05日 00:53
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