without good-bye


「いくら更新したところで、獣人の根本は愚かなのだな」
 檻の中で獣人を取り囲んでいる医師の一人がそう呟いた。データの採取を終え、兵器として再利用される事となった獣人の、最後の抵抗に対して向けられた言葉だ。
 自殺しようとするにも場所があるだろう、そういうことだ。舌を噛み切ったところで即死する事など出来ない。その場で止血するだけで、自殺の阻止は完了した。
 獣人の治療技術では、舌を噛み切ってしまえば医者でも手の施しようがないのだろう。だが、あの獣人を囲んでいたのは人間に医師たちである。ささやかな抵抗はなんら意味を持つことなく、手術が開始された。
 フェンリルの最新のデータは衛星を通じて随時送られ、それを基にした発展型の開発プランも出来上がっている。足りないのは獣人の素体だけだったが、それも都合良く最新バージョンの素体が手に入った。
 メスが獣人の体を頭を切り開き、感情を葬り去り機械を埋め込み、その体を機械の生き物の混ざり物へと変えていく。
 出来上がったのは、全身切り傷だらけ、体と不釣合いな大きさの機械の腕や、度を越して左右非対称の、あまりにもアンバランスすぎる物体だった。
 だがそれはあくまで作業工程。そこからの作業は、医師たちの手を離れ、技術者の領域へと変わる。
 彼の体は、生まれ育った『子宮』と同様の機械へと入れられ、遺伝子情報を書き足され、より攻撃的で、より野生的な体へと変化していく。
 機械のように冷静で高速化された判断力、獣人も人も、野生の動物も適わない圧倒的な身体能力、各種の仕込み武器、人間では不可能な重武装、それらがフェンリルシリーズのコンセプトである。
 プロトタイプであるフェンリルのデータによって示された反省点を基に、汎用性、戦闘力、服従性、全ての底上げがなされた、テストタイプ『ハティ』が、これである。
 ハティを実践に投入すれば、それによって得られたデータにより、プロダクションモデルが開発される予定である。
 生身の獣人を捕獲して改造するのではなく、最初から兵器として誕生する存在として確立し、フェンリルシリーズは完成と相成る。
 培養液の中で、獣人は確実に生物から兵器へと変わっていく。多くの人間が、それを嬉々とした表情で見ていた。自分たちの研究が一つの形として出来上がるのだから、嬉しくないはずがない。
 ただ一人、獣人が兵器へと改造される寸前、心を通わせかけたあの青年だけが、悲しそうに培養液の中の兵器を見つめるのだ。
 結局、何もする事が出来なかったと、自己を失い兵器と化すのを、ただ見ていることしか出来なかったと。
 兵器スコルは、培養液の中でうっすらと目を開け、外の世界をゆっくりと見回す。
 白衣の人間たち、自分の従うべき主人がいる。白衣だらけの研究室で、違った格好をする青年を一人見つける。
 誰だろうか、記憶の隅に引っかかる何かを感じる。だが、そんな事はどうでもいい。重要なのは、彼が人間だと言う事だ。従うべき主人の一人だと言う事だ。他はどうでもいい。
 何も覚えてないし、任務以外には何の執着も湧かない。思い出す必要も無いし、思い出そうとする欲求も無い。疑問は必要ないのだ。
 培養液が、ゆっくりと引いていく。全身の金属部分に繋がれたアダプターが、プシュッと音を立てて外れていく。
 ハッチが開く。スコルはゆっくりと外へ出ると、白衣の人間たちに跪いた。どうすればいいか、頭にプログラムされている。
「命令をください」
 嬉しそうにしている研究員たちをよそに、青年は一人背を向けて去っていった。
 スコルもそれ以上青年のことを気に留める事はなかった。その必要がないから。
 獣人殲滅用生体兵器テストタイプ、『スコル』は完成した。




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最終更新:2009年07月05日 00:55
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