Sköll's Episode#1


 スコル完成とともに多くの研究員達は休暇を取っていた。
休日返上してまで改造を頑張った甲斐があった。
スコルの完成度は想定以上だ。もしかすると、フェンリルを超える性能を秘めている。
あの痩せ細って肋骨の浮き出た弱々しい獣人が、
あの恐怖で大便を漏らしていた臆病な獣人が、
これほどまでに強く逞しい肉体に改造された。
これは至上の完成度。芸術品と言っても過言ではないと研究員達は自負していた。
スコルには、反乱する獣人どもを押さえ込み、戦争を終わらせるという重大な使命が課せられている。
我々の期待は大きい。


「ところでさ、花粉症とか言ってたけど、なんで泣いてたんだ? あいつ」
「そりゃ、大好きな獣人がスコルにされたからだろ」
「はぁ、やっぱりあいつ獣人好きなのかよ、なんでそんな奴がここにいるんだ?」

 ホルマリン漬けの標本に囲まれ、白衣の研究員達はコーヒーを飲んで談笑していた。
話題に挙がっているのは、例の獣人マニア。
あいつはただひとりスコル完成を喜ばず、完成祝い打ち上げに参加しなかった。
富豪の令息にも関わらず資金すらカンパしない、挙句に獣人に肩入れし嘆く。
奴の評判はものすごく悪い。事実、俺達も奴のことが気持ち悪くて大嫌いである。

「動物好きってだけなら構わんのだが、あいつは度が過ぎてる。 あの調子じゃ俺らを裏切って獣人に味方するのも時間の問題」
「いやいや、ああ見えてあいつは獣人を性奴隷にするような男なんだって。獣人の味方ではないよ」

 獣人をこよなく愛し、心を通わせ、平和を唱える変人。
口では獣人と人間のそれはそれは美しい理想を訴えるが、
その実態は性的な目でしか獣人を見ることができない倒錯者。
金持ちの家庭に生まれ多くの獣人使用人と接し、そして肉体関係を持ったという。
頭の悪い獣人は気持ちよくさせられれば、何でも言う事を聞く肉奴隷となる、ということか。

「うへ、まじかよ、それが本当なら獣人側に同情せざるを得ないぞ」
「性的な虐待を効率よく用いて獣人を奴隷とし、結果フェンリル製造に大きく貢献したということになってるのさ」
「つまり、エッチしてウハウハ?」
「そう。事実フェンリルは、とてもよく働いてるだろ」

 皮肉をこめて言ってみた。
フェンリルは自分達研究員が丹精こめて改造し、有能な教育係がしっかり躾けて今の高性能な個体となった。
それなのに、それらがすべて奴隷を提供した奴の手柄となっている。
獣人を玩具した挙句昇進の道具にも使った。
なんとも醜い所業。

「ああ、やってらんねぇ、いやすぎる、きもいきもい」
「キモイってどっちが? フェンリル? あいつ?」
「どっちもだよ。男同士でチュッチュして、うわー」
「雄の獣人だけじゃないぞ、あいつは雌だって、死ぬまで犯してたんだから」
「なに? 初耳だ」

 あいつの屋敷には高頻度で逃亡した獣人が雇われる。
レジスタンス集団と組んでいるのか、財力を駆使して買い漁っているのか。
とにかく目撃された獣人は、雄も雌も多種多様。
フェンリルことサンタローが得意げに語っていた話を信じるならば、
たくさんの奴隷獣人が性的な仕打ちを受けていたことは想像するに難くない。

「な、俺たちより獣人の扱いに関しては有能だろ、いろんな意味で」
「だめだだめだ、あぶなすぎる。反逆者として察に突きだそうぜ」
「無理だ、俺たちはペーペー。あいつは上司」
「くは、気にくわねぇや」

 実験用検体獣人の提供率がもっとも多いのは、まぎれもなくあいつの屋敷。
研究所としてはありがたい。当時、フェンリルが完成するまで何度もお世話になった。
自分達は獣人を殲滅する立場であるが、この扱い方は少々、人間の根源悪を感じる。
獣人を犯し、騙し、平気な顔で、可哀想だと涙を流す。 あいつはもはや悪魔としか形容できない。

「お、おい、戻ってきた!」
「この話はまた今度っ」

話題の人物が研究室に入ってきた。
泣き腫らした目。 この悲哀に満ちた表情も、結局、獣人を弄ぶ男の仮面。
心の奥底では、へらへらと嘲笑い、獣人を見下しているのかもしれない。

「あーコーヒーがきょうもうまいなー」
「研究楽しいなー」
「はやく細胞分裂しないかなー」
「ミカヅキモかわいいなー」

……

奴は、鉄格子の奥で休眠中のスコルをしばらく見つめた後、そのまま奴の自室へ戻っていった。
今日はドアノブまでしっかり消毒しよう。
明日研究所に出勤した時、イカのような臭いが充満していたら大変だ。

こころのなかで、こんなふうに冗談でも言う余裕がなければ、こんなところでは到底働けない。




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最終更新:2009年07月05日 01:03
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