Yellow Lightning

 人間が偉大で、獣人が下劣。そんなわけあるか。
 小柄な猫獣人の少年は、万年筆を胸ポケットにしまった。
たとえ蔑まれる立場の獣人でも、こうやって背広で身を固めて、毛をちゃんとしてハットをかぶれば街を歩ける。
すれ違う人がたまに、俺が獣人だと気付くことがある。
怪訝な失礼な顔をするが、とくに咎められることもない。
一般庶民は事なかれ主義。人間様もただの臆病者ってことだ。
「だからさ、別に獣人だから目立ってるわけじゃないんだぜ?」
「ちがうの?」
「おまえの背が低いこと、それと、その馬鹿みたいにハデな服着てくるから目立つの」
「うるさいぞデブ!」
 後ろで暑そうにしている熊獣人が、大きな旅行鞄を引きずる。
中には何も入っていない。
「ったく、恥ずかしい。なんだよその黄色いスーツは! ふざけた帽子も! どこのお笑い芸人だっつーの」
「だーから、こうやって貴族ぶって威圧しないと街を歩けないだろ」
「おまえ頭悪い。そもそもこんな暑い中、そのかっこうじゃ暑苦しいんだよ!」
 間延びするおまえの声のほうが暑苦しいわ、くまー!
そして俺は首根っこを捕まれて、旅行鞄の中に押し込められる。
猫詰め鞄を引きずる熊。
「だせ」
「うるさい」
「ダメかよ、高かったんだぞ、この服!」
「俺たちは獣人なんだから、汚いシャツを着て荷物を持っていれば怪しまれないよ」
「なんでだ! 獣人は奴隷扱いされるんだぞ。街を歩いてたら保健所行きなんだぞ??」
「そう。だから、人間の奴隷のふりをするんだよ。荷物引きずっていれば奴隷に見えるでしょうが」
「断じてゆるさんぞ。奴隷になんかなるもんか」
「馬鹿だ……獣人は捕まれば保健所行きだが、獣人の奴隷はひとさまの所有物だから捕まらないの、わかるか?」
「わからない! うるさい! 俺は、奴隷になんかなるもんか」
「奴隷になるなんて言ってねぇよ。奴隷の ふ り をして歩くんだっての……」
 埒が明かないので、黙ることにした。
路地裏を抜けると陸橋がある。日用雑貨店の向かいに銀行がある。
西支店は警備が薄い。建物も小さめ。客は年寄りばかり。
僻地で、人通りも少ない。ただただ、目の前の道路が無駄に幅広いだけ。
長い横断歩道を熊獣人が鞄を引きながら歩く。
あたかも、ご主人様に荷物運びを命じられているかのように見えるはずだ。
さすがは相棒。
「首輪がささくれて、ちょっと痛いぞ」
「手作りの趣があって良いだろ!」
「もしや、おまえさ、なんで俺が首輪作れって言ったか、意味分かってない?」
「おまえがMだから、首を拘束されたい欲望があったんじゃ」
「馬鹿だ。この首輪も人間に飼われているふりをするものなんだぞ」
「何? 人間は獣人に首輪をつけるのか!」
「あ、まずそこから理解してない?」
「どういうことだ! おい? おまえはMじゃなかったのか?」
「馬鹿猫。端折って説明するけど、首輪さえしてれば銀行に怪しまれずに入れるの。忍び込まなくていいの」
「はやくいえよ熊五郎」
「なんだよ熊五郎って……」
 俺たちには名前がない。
名乗る名前を自分で決めるのも面倒臭い。そうこうしているうちに結局名前を決めそこねた。
いまさら名前を作っても、わずらわしい。 どうせ、相棒以外と会話することもない。
俺は猫と呼ばれ、彼を適当に名付けて呼ぶ。それでいい。
「じゃ、入るよ」
「あいよ」
 銀行にたどり着いた。
俺は旅行鞄の隙間から辺りを見回した。
ガラス戸がひとりでに開き(自動ドアと言う)何事もなく俺たちは潜入成功。
冷房の効かない蒸し暑い室内。
客は老いぼれジジイとメガネ女、どちらも人間。女は若い。
「ごり押しで行くよ」
「それでよし」
 熊五郎はそのまま受付へ歩いていき、勢いよく俺の入った旅行鞄をカウンターの奥に投げ込んだ。
俺は鞄に入ったまま金庫の前まで滑っていき、そして鞄から勢いよく飛び出す。すばらしい作戦ではないか。
 俺は立ち上がって帽子を直す。 職員らが驚いた目で俺を見つめる。
どうよ、黄色い稲妻だ。人間どもめ。
突然現れた黄色いスーツのイケテる猫に殺されるのは、どういう気分だ?
俺は万年筆をポケットから取り出し、それを武器に、次々と呆けた職員を刺していった。
力が無い小柄な俺でも、敵の首や脇の下、太ももなどの弱点を刺せば意とも簡単に倒れる。
弱いもんだ、人間など。
 警報が鳴った。誰かが警報機を鳴らした。
ところがどっこい、ここは僻地の西支店。
サツがくるまで15分はかかるでしょうね。
 金庫の位置を確認する。
俺は上機嫌だ。親指を立てて熊五郎にサインを送る。
しかし、なんの反応も無い。
 後ろを振り返ると、熊五郎が倒れるところだった。
一瞬何が起こったのか分からなかった。
 戦慄。
 メガネの女が熊五郎に飛びかかり、ヒールの高い靴で踏みつけている。
意外だった。
人間の女は、サルみたいな鳴き声を出して逃げるもんだと思っていたのに。
許せない。汚い大根足で、俺の熊五郎をいじめるな、クソ人間が!
「今助けるぞ、熊」
 女がこちらを向いた。
メガネが白く光り、表情は分からない。
細い体の割には、隙の無い構えをしている女だ。
ちょっとまずいかもしれない。
弱点が、無い。どこを刺せば良いか。
「熊!」
 熊は動かない。死んだかどうかは分からない。
女が蹴りを入れてくる、膝を狙ってくる。
このままだと倒される。
俺は小さな体をどうにか翻しながら、女の攻撃をかわす。
身軽でよかった。
続けざまに回し蹴りが入ってくる。俺の帽子が落ちた。
 倒れた熊五郎を飛び越えて隙を伺う。
しかし女は構わず熊五郎を踏み台にしてこちらに飛び掛ってきた。
カウンターに追い詰められた。俺にとっては結構高いカウンターだ。
おいつめられた。
 そのとき、熊五郎が太い腕を持ち上げて女の足を掴んだ。
女は、靴のヒールを力いっぱい体重をかけて熊五郎の首に打ち込んだ。
 嫌な音がして、熊五郎は二度と動かなくなった。
 俺はすくんだ。
隙を伺うはずが、俺のほうが隙だらけだった。
我にかえったとき、女が再び蹴りを入れてきた。
かわしきれず女の足を左腕で受け止めると、女の靴からヒールが飛んでいった。
すごい勢いだな。馬鹿力だ。女なのに。
俺は弾き飛ばされ、その反動で後ろに宙返りし体勢を立て直したとき、
突然俺は後頭部に衝撃を感じた。
 ジジイが俺の頭を募金箱で殴っていた。
募金箱の小銭が重りになって、俺の脳天を直撃した。
募金箱は砕け、ガラスの破片と小銭の耳障りな音がじゃらじゃらと鳴る。
 条件反射でジジイの足を万年筆で切りつける。
ペン先がひしゃげた。
ジジイが倒れる。
 頭が鈍く痛む。そして、冷たい。
血が出ているんだ。
間髪いれずに女が蹴りを何度も俺の腹に打ち込んでくる。
痛みのおかげで、意識を失わずにすんだ。
 どうにかしなければと。
古典的な方法だが、俺は意識を失ったふりをした。死んだフリ。
 女は攻撃をやめた。しめしめと。
そのまま逃げていくかと思いきや、すぐ傍で伸びているジジイに駆け寄った。
 人間に、思いやりがあるのか。
仲間を助けようとする思いやり、みたいな感情があるんだ。
おいぼれを放っておけないほど、浅はかで、道徳的な行動ができるのか。
 そうか。
 その隙を使って、俺は女の弱点。おそらく弱点であろうと思われるメガネを、力いっぱい殴った。
メガネは吹っ飛んで行き、女は短く悲鳴を上げた。
卑劣な方法で人間をやっつけようとしている。俺のほうが悪魔だ。そうかもしれない。
でも、この女は熊五郎を傷つけたのだから、それぐらいのことをしても、許されるよね。
 女はうろたえている。メガネがなければ、なんにも見えないんでしょ。
 俺はガラスの破片をいっぱい掴んで、女の目に思いっきり刷り込んでやった。
こうしてやる。光を奪ってやる。絶望させてやる。
 獣人を蔑む人間なんか、消えてしまえば良いのに。
相棒を殺しやがって。熊五郎を……
全ての憎しみを、ぶちまけてやる。
 無我夢中で女の目を虐めていたら、いつのまにか床は血まみれになっていた。
ここには俺しかいない。急にむなしくなった。
俺のスーツはくすんだオレンジ色。黄色と赤が混ざった色をしている。
 しばらくして消防車のサイレンが鳴った。
警察じゃなくて消防が来るのか。さっきの警報は火災報知機だったのか。
まぬけが!
 俺は鈍る思考を奮い立たせて、銀行を飛び出した。
道路を渡り、百貨店をすぎて、陸橋の下に身を潜めよう。
 ところが俺は、車に轢かれ、突き飛ばされて、そのまま命を落とすのだった。
 俺は目立つ服を着ていたのに。お天道様がこんなにさんさんと降り注いでいるのに。
絶対わざとだろ。わざと車をぶつけただろう。
 すこしは反省している。
俺は馬鹿だから。人間に対する個人的な恨みで、熊五郎がやられた悲しみのせいで、女に酷いことをしてしまった。
焼けるように熱いアスファルトが頬を焼く。雲ひとつ無い晴天の下で、俺は少しずつバーベキューになる。
 名も無き猫の、むざんな死に様だから、許してもらえるよね?

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最終更新:2009年06月14日 02:06
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