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『ちっ、やっぱり簡単には見つからないか。獣のくせに生意気な……』
「現在クソッタレどもの巣穴を全力でサーチ中ですが、クソのような雪のためセンサーの感度は73%しか発揮できません。ファック。
衛星からの最新のデータによりますと、今後天候はさらに悪化し、ポンコツセンサーの感度は最悪の場合は48%までダウンする恐れがあります」
『クソ犬め、肝心なとこで役に立たないわね』
「申し訳ありません。今後のバージョンアップのためにも記憶しておきます」
 獣人の集落で見つけた地図を頼りに、記された場所へとやってきたものの、四六時中雪に閉ざされたこの場所で、獣人の集落の入り口を見つけることは、第三者には至難の業である。
 いくら最新のセンサー機器を装備し戦いになれば後ろにも目が付いているかのような動きを見せる二人も例外ではなかった。
 残された手立てと言えば一つぐらいしかない。
『フェンリル、身を隠すわよ。穴を掘れ』
「Aye-aye,ma'am」
 ここが獣人たちの最後の砦だと言うのなら、必ず巡回の兵士なり何なりが現われる筈だ。
 そいつをとっ捕まえて拷問し吐かせる。大人しく言う事を聞いてくれる可能性も低いが、闇雲に探すよりも体力を温存できるし確実である。
 幸い食料は3日分ほどはあるし全開の戦闘行動から補給を済ませていないフェンリルのメンテナンスも出来る。
 フェンリルがその機械仕掛けの豪腕を用いて穴を掘り、中にある程度の空間を作る。
 その場所で一晩過ごし、翌日の朝方になって、ようやく目的の獣人たちが現われた。
 数人でグループを組み獣人にしてはまあまあそれなりの装備をしていた。
『フェンリル、分かってるでしょう?』
「クソどもに止めは刺しません。少なくとも3人は生け捕りです」
『よし、行け』
「Aye-aye,ma'am」
 フェンリルが、雪の天井を突き破って跳躍する。派手な音と吹き上がる雪の破片と、白一色の世界でこれ以上目立つものは無いだろう濃い灰色、全員がフェンリルに目を奪われている。
 アオイはヘルメットの集音機能を最大値にまで引き上げ、獣人たちの会話を聞き取ろうとする。
 雪の音がノイズとなるが、それでも聞き取る事は可能だった。
「おい、まさかあいつ……!」
「裏切り者の狼だ! 近くに女もいる筈だ! 注意しろよ」
「了解! あの狼は囮だ! 迂闊に動けば狙撃される。皆訓練通りに動け、的を絞らせるな!」
 驚いた。獣人にしては随分論理的な思考だ。固まっていた獣人たちが一斉に散りフェンリルの攻撃を避け絶妙なコンビネーションで反撃を試みる。
 獣人の動きはもっと直線的でバカの一つ覚えのような幼稚な作戦しか出来なかった筈だ。
 アオイは小さくした打ちした。彼女の父親はどうやら成功してしまったらしい。恐らくもう相当数の人並みの知能を持った獣人が生まれているだろう。
 あいつらは自分の人生の汚点だ。早く皆殺しにしなければ。クソッタレどもがこの世に生まれて生きるだなんておこがましい。
『行動予測開始』
 そう宣言すると、バイザーの機能が一つ起動された。フェンリルの目と、体の数箇所に設置されたカメラの画像をヘルメットが受信し、自ら捉える画像と比較して獣人たちの行動予測を行う。
 的を絞らせぬように動く獣人たちの移動するだろう場所が滑稽なほどに分かる。
 その一つへと目掛けてトリガーを引いた。胸から血が飛び散って雪の上に赤い花が咲く。
 獣人たちの動揺をヘルメットが教えてくれる。
「くそっ! 撃ったのは向こうからか!?」
「馬鹿野郎! 余所見をするんじゃない!」
 一匹がアオイのいる方向へと銃を向け、リーダーらしい獣人がそれを止めようとするがもう遅い。
 フェンリル相手に余所見をしようなどと言い度胸だ。次の瞬間にはフェンリルの右腕に設置されたバルカンが、そいつの胸を蜂の巣にしていた。
 なるほどなるほど、アオイはヘルメットの下で薄ら笑いを浮かべる。どうやら彼らは過保護に育てられたらしい、いくら人並みの頭を持っていても実戦経験が無いのでは話にならない。
 中には尻尾を股の間に挟みこんで失禁している者までいた。頭がいいのだ。恐怖もより鮮明に感じるし、自分の身の危険が理解できずに特攻する低脳な獣人どもと違い、相手との戦力差から自分の生存率を察してしまう。
 人間と同じだ。兵士として使い物になる奴なんて、そうはいない。
 いつ狙撃されるかという恐怖は彼らの動きを硬くする。コンビネーションも鈍る。その結果フェンリルに殴り倒される。
「うわぁあああああああ! 嫌だぁああああああ!!」
 そんな中、失禁しながらも必死に戦っていた一匹が、フェンリルに背を向けて一目散に駆け出した。
 しめた。恐慌状態に陥ったようだ。アオイはすぐさまライフルのカートリッジを入れ替え、逃げ出す獣人へと向ける。トリガーを引く。
 背中へと着弾すると、貫通せずに対内へと残り、微弱な電波をフェンリルとアオイのヘルメットへと発し始めた。
 手負いの獣は巣穴へと逃げ込むと相場は決まっている。
『一人ぐらい残せ。残りはもういらん。殺せ』
『Aye-aye,ma'am』
 そう通信を入れると、フェンリルが本気を出した。人為的に付け足された人口筋肉を、元来の筋力に上乗せして使用する。
 生物の反射神経では対応はおろか制御すら出来ない動き。半分機械の頭を持つフェンリルのみに許された戦い方だ。
 獣人たちは何が起こったかも分からぬ内にその生を終えた。最初の方にフェンリルに殴り倒された一匹だけが、マズルを変形させながらも生きている。
『良くやったわ。サンタロー』
 そう言って立ち上がりフェンリルの元へと向かうと、喋る時以外ほとんど動かない口が微かに吊り上った気がした。
 バイザーの左上には基地へと向かって負け犬のように一目散に走る赤い点が表示されている。
『そこのボロ雑巾に麻痺毒を食らわせておいて。ついでに本部にここの座標を送って。
そいつも雑魚で低脳だけど、一応は新しいタイプの獣人だから、後で回収してもらうわ』
「Aye-aye,ma'am」
 フェンリルが、倒れている獣人に右手の爪を立てた。血管へと麻痺毒が注入され、程なくして効き目が現われた。
『3時間ぐらいでお迎えが来るわよ。解剖されたり耐久テストされたり始終裸でモルモット扱いされると思うけど、まあ新しい生活を楽しみにしてなさいよ、クソッタレ』
 そう言い残してフェンリルの腕に座ると、逃げ続ける負け犬の追跡を開始した。もうすぐ、血の繋がらない弟だか妹だかに会えるのだと思うと、胸が高まった。
 父親の残した罪の尻拭いを終えて、ようやく自分の人生が始まる。精々気合を入れてケリをつけさせてもらう。
 よろしく頼む、と口に出して言う気はさらさらないので、無言でフェンリルの頬を撫でた。ぐるる、と一瞬だけ気持ち良さそうに唸ったのが聞こえた。




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最終更新:2009年07月05日 00:53
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