an efficiency test

 アオイは忌々しげな表情で、保健所からあてがわれた特注バイクのスロットルをふかした。
 自前で買った合法のバイクと違い、保健所に属する兵の中でも、一握りのエリートにだけ与えられる、特注のものだ。
 彼女が保健所から受け取ったものの中で、唯一気に入っているものでも有る。フルスロットルで飛ばすと、風と一体化したような爽快感を得られる。
 獣人の駆除の際にしか使用許可を得られないのが難点だが、このバイクのお陰で獣人の駆除もまあまあ楽しめるようになってきた。
 同僚の中には、たかが獣人を連日殺し続けた程度で心を病み、博愛主義に目覚めレジスタンスに参加しだすものまでいたが、彼女には理解できない話だった。
 そりゃ確かに肉体労働が多いし、嫌な上司だっているが、害虫駆除の業者と何が違う。奴らはゴキブリみたいなもんなんだから。
 彼女は別段、仕事が自分に向いてないとか、職場が嫌だとかのストレスを抱えている訳ではないのだ。
 彼女を不機嫌にさせる最大の理由は、マックススピードで飛ばす特注バイクにさえ、難なく追従してくる黒い影だった。
 後ろをちらりと振り返ると、銀色に光る機械の腕と、センサーの内蔵されたレンズを片目に嵌める、半獣半機械のバケモノがいた。
 獣人は本来、もっと人間に近い体型であるが、後ろのバケモノは普通の獣人に比べ、手足が原型の動物に近い形状で、より攻撃的で運動能力の高い姿をしている。
 非常に密度が高く、バケモノ染みた力を持つ人口筋肉を、機械の頭脳が弾き出した演算によって、一切の無駄なく使う事で、特注のバイクにさえ追いつく俊足を生み出している。
 それでいて、細かな肉体の操作による小回りは、バイクなどとは比べ物にならない。
――キィィィッ!!!
 アオイがこれ見よがしにドリフトをして、急カーブを曲がって見せるが、整備すらされていないダートを、後ろのバケモノは難なくついてくるのだ。
(クソ犬の分際でやるじゃねーのよ)
 ヘルメットの中で舌打ちしながら、絶妙なバランス感覚で器用に曲がるフェンリルを見る。あれは確かに、頭の中まで機械でなくては出来ない動きだ。
 悔しいが、ただのケダモノではない事を認めざる得ない。バイザーに示される目的地までの距離を確認しながら、彼女は急ブレーキをかけ、一旦バイクを止めた。
 バケモノはしなやかな体の柔らかさで勢いを殺し、バイクより遥かに短い制動距離で速度を減らし、青いの横に立った。
『クソ犬、任務の内容は分かってるな?』
「はい。私の性能試験と実戦指導指導を兼ねた、獣人の駆除であります。
今日の実績の遺憾でフェンリルシリーズの継続及び私の廃棄が決定されます
そして私の正式名称はフェンリルです。クソ犬ではありません」
 彼女の直ぐ側で威圧的な存在感を発しながら立ち、抑揚を欠いて、生物のものと思えない無機質な声で彼女の問いに答える。
 こいつを作った技術者達は、これはフェンリルだと、全く新しい画期的な兵器だと話すが、彼女にはイマイチそれが分からなかった。
 運動能力は充分に見たが、こんな知性の欠片も無さそうな、不恰好な狼が、そんな凄い兵器には少しも思えない。
 確かに個としての戦闘能力なら、攻撃面では重武装した保健所職員を軽く上回るレベルだろうし、防御面も、先程見せた変幻自在の動きがあれば、相手は反応すら出来ないだろう。
 事実、フェンリルの一部の動きは、バイザー内のロックオンカーソルの自動追尾機能さえも振り切り、生物の反応速度を完全に超えていた。
 しかしこいつは、頭の中が空っぽではないか。イライラとそれを考えると、頭の中に髭面の上司の顔が浮かんだ。『だから、それを教え込むのがお前の役目だ』嫌味な上司から口煩く命令されたのを覚えている。
 お勉強ごっこしかできない技術者どもでは教えられない、駆除の際の実戦経験や、その場に居なくては知りようも無い空気、それを教え込んで初めてこいつは使い物になる。
 それまでは、害虫駆除をした程度で自責の念に苛まれ、涙を流す新人保健所職員と同レベルだ。
「おまえはまだクソ犬よ。まともに使える様になるまでは、ずっとクソ犬。
分かったらそのクソッタレな口で返事をして、駆除作業に取り掛かれ! 私が突っ込むからその援護だ」
「Aye-aye,ma'am」
 フェンリルは流暢に返事をした。技術者の遊び心だろうか、その返事だけは何だか様になっている。
 アオイは舌打ちしながら、バイクのエンジンをふかし、フェンリルに告げる事無く、バイクを急発進させる。
 当然フェンリルは、不意打ちに惑わされる事もなく、バイクに追従して再度走り出した。
 くそっ。なんで私が。アオイは上司からフェンリルを紹介されて以後、幾度となく口にした愚痴を、口の中で繰り返した。
 あいつら、親がそうだからって、私まで獣人大好きのズーフィリアと思ってんじゃないだろうな。
 あたしは獣人って奴らがこの世で一番嫌いで、駆除のスコアだって保健所で一位なのをみんな知ってやがるくせに。
 心の中で愚痴を吐きながら、彼女はいつの間にかアクセルを回し、バイクを果てしなく加速させ続けていた。
 やはりフェンリルは、難なくついてくる。このデータを報告したら、次からはフェンリルに乗れとバイクを取り上げられそうな気さえする。
 これ以上速度は上がらないのかと、初めてこのバイクに対して苛立ちを感じながら、エンジンを蹴りつけようとした時、ヘルメットからアラート音が響く。目的地が直ぐそこだと示していた。
 なるほど。山奥のくぼ地に隠れた、小さな集落だ。情報無しでは見つけるのを難しかっただろう。
 バイザーに映る光点を見ながら、アオイは「バーカ」と呟いた。
 警備の穴と言う演出に踊らされ、わざと逃がされたとも知らずに、発信機の埋め込まれた体で集落へと帰り着いた、名も知らぬバカな獣人にだ。
 バイザーには、衛星が捉えた集落の3D構図が映し出され、彼女はその情報に従って、くぼ地に有る集落への斜面へと、マックススピードのまま突っ込む。
 バイクごと体が宙に舞うのを感じた。この浮遊感が、何ともたまらない。だが、いつまでもバイクに跨ってもいられない。
 アオイはバイクのハンドルに手榴弾を引っ掛けると、座席を蹴って、宙へと舞い上がる。
 腰にマウントされたサブマシンガンの安全装置を解除し、ヘルメットに装着された通信機に「クソ犬!」と短く命令した。
 斜面に差し掛かる直前で立ち止まり、アオイの予想外の行動を、感情を欠いた瞳で眺めていたフェンリルは、自分を呼ぶ声に応じて、脚の筋肉をフル活用して、空中のアオイへ向けて跳ぶ。
 脱力して重力に身を任せるアオイの腰を片腕で引き寄せ、演算で割り出された絶妙な力加減を用い、勢いを殺して斜面に着地し、アオイを片手に抱く前傾姿勢のまま、風を切って走る。
 無人となったバイクは、斜面を下りた側にある、集落で一番大きな、しかし人間から見れば、みすぼらしくて哀れな建物へと突っ込み、爆炎を上げた。
 保健所からあてがわれた高価なバイクを、こんなにあっさりと使い捨てる様子を記録して持ち帰れば、フェンリルの教育を押し付けてきた技術者達も、震え上がって他を当たってくれるかもしれない。
 駆除のミッションを開始しながら、彼女はいくらか不機嫌さが失せ、自分がプラス思考になっていくのを感じる。
 爆音に気をとられて顔を出した奴ら、片っ端から穴だらけにしてやろう。無意識の内にヘルメットの下で笑顔を作りながら、アオイはフェンリルの腕から飛び降り、両手に握るサブマシンガンを構えた。
 フェンリルも命令された通りに援護の構えを取りながら、アオイの行動の学習を開始していた。
 持ちうる戦力は、補給が望める限り消費を惜しむ必要はない。獣人の駆除で重要なのは、頭の足りない彼らを動揺させる事。
 そして、目の前の女性のように、駆除と言う作業に楽しみを見出す事。……楽しみとは何だろう。
 駆除と言う作業自体は、楽しみではない。それは彼に与えられた行動原理であり、ただ生きて、呼吸をするのと同然に、ただ必要なだけだ。
 フェンリルの頭の中の、生身の部分が、それなら――と結論を導き出した。教官の役に立ち、自身の有用性を実証する事は、喜びの筈だ。
 彼女に、自分の正式名称を呼んでもらえるようになる事、それは楽しみのはずだ。――正式名称? それはフェンリルという型番の事だろうか。
 フェンリルの生身の方の目に、一瞬だけ迷いのようなものが浮かんだ。思考にノイズが入る。ラボに帰り次第、メンテナンスをしてもらわなければ。
 両腕に内蔵された重心を露出させ、援護の準備を始めるうち、彼はまたただの兵器へと戻って行った。
 フェンリルの両腕からライフルの銃口が露出され、サブマシンガンの射程範囲外をカバーするように構える。文字通り一方的な駆除が、始まろうとしていた。



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最終更新:2009年07月05日 01:05
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