73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:sage :2008/01/11(金) 04:00:23.83 ID:TxBN4K740
空の湯飲みに口をつける。冷たい滴が一筋、唇に触れた。
廊下に繋がる扉が開き、素肌の上にダボダボで灰色のトレーナーを着た水銀燈が表れた。
「似合ってるよ」と僕は言った。
「そう」と彼女は素っ気無く答えた。
視線が僕に向けられる。僕は彼女の瞳の奥底にあるものを必死に読み取ろうとするが、
何も読み取る事は出来なかった。もしかしたら浴室の排水溝に流されてしまったのかもしれない。
「テレビ、見ないの?」と彼女が言った。
「えっ? ああ、そうか」今日はクンクン探偵の日だった。
僕はテレビの主電源を入れ、チャンネルを合わせた。
水銀燈は何も言わずに僕の隣に腰を下ろした。
「──んです、それが僕の選んだ道なんですから」
画面の真ん中で、タヌキのような人形が猫警部にそう言った。
「連れて行け」と猫警部が言う。
クンクン探偵はキツネを口説いていた。
そしてタヌキは自らの舌を噛み切って死んでしまう。
画面が代わり、バーのカウンターに座るクンクンが映し出され、終わった。
エンドロールが流れる。
「遅かったね」と僕が言うと、「うん」と水銀燈が返した。
アイキャッチの後に皇潤のCMが流れ、僕は電源を落とした。
水銀燈は僕の隣から動こうとしなかった。
空の湯飲みに口をつける。冷たい滴が一筋、唇に触れた。
廊下に繋がる扉が開き、素肌の上にダボダボで灰色のトレーナーを着た水銀燈が表れた。
「似合ってるよ」と僕は言った。
「そう」と彼女は素っ気無く答えた。
視線が僕に向けられる。僕は彼女の瞳の奥底にあるものを必死に読み取ろうとするが、
何も読み取る事は出来なかった。もしかしたら浴室の排水溝に流されてしまったのかもしれない。
「テレビ、見ないの?」と彼女が言った。
「えっ? ああ、そうか」今日はクンクン探偵の日だった。
僕はテレビの主電源を入れ、チャンネルを合わせた。
水銀燈は何も言わずに僕の隣に腰を下ろした。
「──んです、それが僕の選んだ道なんですから」
画面の真ん中で、タヌキのような人形が猫警部にそう言った。
「連れて行け」と猫警部が言う。
クンクン探偵はキツネを口説いていた。
そしてタヌキは自らの舌を噛み切って死んでしまう。
画面が代わり、バーのカウンターに座るクンクンが映し出され、終わった。
エンドロールが流れる。
「遅かったね」と僕が言うと、「うん」と水銀燈が返した。
アイキャッチの後に皇潤のCMが流れ、僕は電源を落とした。
水銀燈は僕の隣から動こうとしなかった。
75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:sage :2008/01/11(金) 04:05:09.76 ID:TxBN4K740
口を薄らと開け、赤い目には何も映ってはいなかった。
気の利いた男なら、彼女の唇に自分の唇を押し当てて気の利いたセリフを一つや二つ吐き出し
笑顔を誘い出したりしそうな物だが、生憎と僕には無理だ。
僕はちゃぶ台に肘を付き、手の平に顎を乗せ水銀燈とは別の方向に視線をやり、
彼女の右手に自分の左手をそっと重ねた。
横顔に視線を感じた。僕の左手は振り払われもしないし、握り返される事もなかった。
それから暫く、雨音が部屋の中に我が物顔で居た。
手の平が汗ばみ出した頃、水銀燈が口を開いた。
「自分の生きる理由がなくなったら、あなたはどうする?」
少しだけ考え「分らない」と返した。
「私も分らないわ」と水銀燈が言った。
「生きる理由をなくしたの?」
「うん」
「もう見つけられない?」
水銀燈は口を結んだままだった。
顎を手の平からどかし、水銀燈を見て「僕は君を抱きしめたい」と言った。
水銀燈は僕の言葉がよほど予想外だったのか、眉をよせ首をかしげ小さな疑問が口から漏れた。
「いいかな」
「私がダメだと言ったら?」
「その時は、僕は君の怒りに耐えるよ」
僕は彼女を自分の胸に抱き寄せた。
身を任せ、抱かれれるままに抱きしめられる水銀燈。
僕の腕の中には、確実に僕以外の温もりが存在していた。
口を薄らと開け、赤い目には何も映ってはいなかった。
気の利いた男なら、彼女の唇に自分の唇を押し当てて気の利いたセリフを一つや二つ吐き出し
笑顔を誘い出したりしそうな物だが、生憎と僕には無理だ。
僕はちゃぶ台に肘を付き、手の平に顎を乗せ水銀燈とは別の方向に視線をやり、
彼女の右手に自分の左手をそっと重ねた。
横顔に視線を感じた。僕の左手は振り払われもしないし、握り返される事もなかった。
それから暫く、雨音が部屋の中に我が物顔で居た。
手の平が汗ばみ出した頃、水銀燈が口を開いた。
「自分の生きる理由がなくなったら、あなたはどうする?」
少しだけ考え「分らない」と返した。
「私も分らないわ」と水銀燈が言った。
「生きる理由をなくしたの?」
「うん」
「もう見つけられない?」
水銀燈は口を結んだままだった。
顎を手の平からどかし、水銀燈を見て「僕は君を抱きしめたい」と言った。
水銀燈は僕の言葉がよほど予想外だったのか、眉をよせ首をかしげ小さな疑問が口から漏れた。
「いいかな」
「私がダメだと言ったら?」
「その時は、僕は君の怒りに耐えるよ」
僕は彼女を自分の胸に抱き寄せた。
身を任せ、抱かれれるままに抱きしめられる水銀燈。
僕の腕の中には、確実に僕以外の温もりが存在していた。
76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:sage :2008/01/11(金) 04:09:52.89 ID:TxBN4K740
「怒ってる?」と僕は言った。
「ええ」
腕の中から僕を見上げ、水銀燈が言った。
「次はキスをしたい」と僕は彼女の前髪を指で梳かしながら言った。
「……さすがに怒るわよ」
「残念」
「それと、この体性はけっこう辛いから、抱きたいのなら私をあなたの膝に乗せなさい」
言われて気づけば、僕と水銀燈は「人」の字のようになっており、
確かに背中の辺りがピリピリと痺れてくる。
僕は水銀燈を膝の上にのせ、後ろから抱きしめた。
「ねえ」と水銀燈が口を開いた。
「なんで私はアリスになれなかったと思う?」
水銀燈の手の平が僕のそれに重ねられた。
「難しいな」
「思った事をそのまま言いなさい。怒らないから」
「そうだな……僕のアリスだったから、かな」
「笑えない冗談はやめてくれない?」
彼女は僕の手の平を抓りながら言った。万力に挟まれたみたいに痛い。
「怒ってる?」と僕は言った。
「ええ」
腕の中から僕を見上げ、水銀燈が言った。
「次はキスをしたい」と僕は彼女の前髪を指で梳かしながら言った。
「……さすがに怒るわよ」
「残念」
「それと、この体性はけっこう辛いから、抱きたいのなら私をあなたの膝に乗せなさい」
言われて気づけば、僕と水銀燈は「人」の字のようになっており、
確かに背中の辺りがピリピリと痺れてくる。
僕は水銀燈を膝の上にのせ、後ろから抱きしめた。
「ねえ」と水銀燈が口を開いた。
「なんで私はアリスになれなかったと思う?」
水銀燈の手の平が僕のそれに重ねられた。
「難しいな」
「思った事をそのまま言いなさい。怒らないから」
「そうだな……僕のアリスだったから、かな」
「笑えない冗談はやめてくれない?」
彼女は僕の手の平を抓りながら言った。万力に挟まれたみたいに痛い。
77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:sage :2008/01/11(金) 04:16:55.39 ID:TxBN4K740
「冗談じゃないよ、本当の事さ。嫌?」
痛みに耐えながら言った。
「嫌に決まってるじゃない」
「そうか」と僕「そうよ」と水銀燈。
「……でも」と水銀燈が遠くを眺め言う。
「そんなのも、いいかも知れないわね。お飯事みたいな、幸せな日常も……」
「一緒にしようよ」
「あら、本当にいいの?」
水銀燈が腕の中で身をよじって僕と向かい合う。
「でも、私以外の子に色目なんか使ったらジャンクにするわよ」
「ああ、大丈夫だよ」
僕は彼女の前髪を親指で横に流した。
「信じるからね」
「……あっ、ああ、いいとも」
水銀燈の凄みある目に、微笑みを返した。
「そう、それじゃあ目を瞑んなさい」
「目を?」
「いいから」と水銀燈が僕の瞼を押さえ、無理矢理目を閉じさせる。
「冗談じゃないよ、本当の事さ。嫌?」
痛みに耐えながら言った。
「嫌に決まってるじゃない」
「そうか」と僕「そうよ」と水銀燈。
「……でも」と水銀燈が遠くを眺め言う。
「そんなのも、いいかも知れないわね。お飯事みたいな、幸せな日常も……」
「一緒にしようよ」
「あら、本当にいいの?」
水銀燈が腕の中で身をよじって僕と向かい合う。
「でも、私以外の子に色目なんか使ったらジャンクにするわよ」
「ああ、大丈夫だよ」
僕は彼女の前髪を親指で横に流した。
「信じるからね」
「……あっ、ああ、いいとも」
水銀燈の凄みある目に、微笑みを返した。
「そう、それじゃあ目を瞑んなさい」
「目を?」
「いいから」と水銀燈が僕の瞼を押さえ、無理矢理目を閉じさせる。
78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:sage :2008/01/11(金) 04:20:52.50 ID:TxBN4K740
暖かく柔らかい感触を、頬と唇の間中に感じた。
「唇じゃないのか」
「お馬鹿さん、アリスの唇はあなたが考えるほど安くはないのよ」
水銀燈は眠たげな瞼を持ち上げているような表情をしていた。
口元には柔らかい笑みを浮かべている。
「でも、もう寝る時間ね」
「まだ9時前だよ?」
「今日は色々あって疲れちゃったのよ。あなたも疲れた時は早く寝たいでしょう?」
水銀燈は僕の胸にもたれかかる。生暖かい吐息が衣服に絡みつく。
「……そう、だね」
「そういえばあなたっていつも寝てばっかしだったわよね」
「そうだったかな」
「そうよ」
既に彼女の目は閉じられていた。
「心臓の鼓動を聞いてるとだめね。もう動きたくないから、鞄まで連れていってくれないかしら」
「困ったお姫様だ」と頷き彼女を抱かかえて鞄へと連れて行く。鞄の中に横たえると
ガチャガチャとビスク人形が出す音がした。
「おやすみ、水銀燈」
僕は彼女の頬と唇の間中にキスをして、鞄を閉じた。
暖かく柔らかい感触を、頬と唇の間中に感じた。
「唇じゃないのか」
「お馬鹿さん、アリスの唇はあなたが考えるほど安くはないのよ」
水銀燈は眠たげな瞼を持ち上げているような表情をしていた。
口元には柔らかい笑みを浮かべている。
「でも、もう寝る時間ね」
「まだ9時前だよ?」
「今日は色々あって疲れちゃったのよ。あなたも疲れた時は早く寝たいでしょう?」
水銀燈は僕の胸にもたれかかる。生暖かい吐息が衣服に絡みつく。
「……そう、だね」
「そういえばあなたっていつも寝てばっかしだったわよね」
「そうだったかな」
「そうよ」
既に彼女の目は閉じられていた。
「心臓の鼓動を聞いてるとだめね。もう動きたくないから、鞄まで連れていってくれないかしら」
「困ったお姫様だ」と頷き彼女を抱かかえて鞄へと連れて行く。鞄の中に横たえると
ガチャガチャとビスク人形が出す音がした。
「おやすみ、水銀燈」
僕は彼女の頬と唇の間中にキスをして、鞄を閉じた。
79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:sage :2008/01/11(金) 04:25:08.34 ID:TxBN4K740
アリスになり父親に愛されたい。
彼女はアリスになりたいが為に命を手に入れた。
アリスに成る為には避けては通れない宿命、それがアリスゲーム。
アリスゲームで他の姉妹と戦っている時だけは、父親に愛されていると感じた。
父親が願うアリスに少しずつ近づいていると感じた。
その一心で何百時間、何千時間と一人時の迷図をさ迷い歩いてきた。
そして何時しか彼女の生きる理由が、現実味がないアリスよりも、
愛されていると実感がわくアリスゲームへと移り変わった。当然のことかもしれない。
そんな彼女に、父親の口から直接
「アリスゲームはしなくていい、戦いなど望んでいない」と言われたらどうなるのだろうか。
僕には分らない。
分らないが一つだけ言えることがある。
彼女のアリスゲームは終わったのだ。
それはアリスゲームの敗者としてか、それとも──。
アリスになり父親に愛されたい。
彼女はアリスになりたいが為に命を手に入れた。
アリスに成る為には避けては通れない宿命、それがアリスゲーム。
アリスゲームで他の姉妹と戦っている時だけは、父親に愛されていると感じた。
父親が願うアリスに少しずつ近づいていると感じた。
その一心で何百時間、何千時間と一人時の迷図をさ迷い歩いてきた。
そして何時しか彼女の生きる理由が、現実味がないアリスよりも、
愛されていると実感がわくアリスゲームへと移り変わった。当然のことかもしれない。
そんな彼女に、父親の口から直接
「アリスゲームはしなくていい、戦いなど望んでいない」と言われたらどうなるのだろうか。
僕には分らない。
分らないが一つだけ言えることがある。
彼女のアリスゲームは終わったのだ。
それはアリスゲームの敗者としてか、それとも──。
80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:sage :2008/01/11(金) 04:26:56.49 ID:TxBN4K740
終わりです、お疲れさまでした
終わりです、お疲れさまでした
82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:sage :2008/01/11(金) 04:32:11.55 ID:TxBN4K740
最後までのお付き合い、本当にありがとうございました
最後までのお付き合い、本当にありがとうございました
97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと-27,214秒: :2008/01/11(金) 13:33:45.21 ID:P9BNTpzI0 まーくんと聞いてきたのにいないのか
98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。あと-27,484秒: :2008/01/11(金) 13:38:13.31 ID:TxBN4K740
へへ、いつもどうも・・・
へへ、いつもどうも・・・