1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:sage :2008/03/22(土) 00:06:26.17 ID:ZS1SgYCd0
戦えど、戦えどなお私はアリスになれない、じっと手を見る。
「綺麗な手だね」
契約者の声が、水銀燈の直ぐ後ろからした。
彼女は見つめていた右手をそのままに眉をひそめる。
「それにしても、小さいね」
無造作に手が伸び、硬い男の指が、水銀燈の柔からかな手の平を
手首のその下から包み込んだ。
「触れないで」
と男の手を叩いて払う。
「あんた、少し馴れ馴れし過ぎるんじゃない?」
「あっ……ごめん」
戦えど、戦えどなお私はアリスになれない、じっと手を見る。
「綺麗な手だね」
契約者の声が、水銀燈の直ぐ後ろからした。
彼女は見つめていた右手をそのままに眉をひそめる。
「それにしても、小さいね」
無造作に手が伸び、硬い男の指が、水銀燈の柔からかな手の平を
手首のその下から包み込んだ。
「触れないで」
と男の手を叩いて払う。
「あんた、少し馴れ馴れし過ぎるんじゃない?」
「あっ……ごめん」
3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:sage :2008/03/22(土) 00:10:35.07 ID:ZS1SgYCd0
「少しは自分の姿を鏡に通して見てみなさいよ」
水銀燈は謝罪の言葉を意に介さないように立ち上がり、窓のアルミ枠に手をかけながら言う。
窓ガラスには空の青に透かされた水銀燈の顔が写っていた。
その表情は窓ガラスの様に、彼女の顔には写し出されていなかった。
「また戦いに?」
雲が流れ、陽の光と水銀燈の顔をガラスの上から隠した。
小さな手が窓を押し開け、男を一瞥した。
「きっも」
それだけ言うと、水銀燈は背から突き出た両の黒翼を広げ、灰が混じる青へ飛び立って往った。
「少しは自分の姿を鏡に通して見てみなさいよ」
水銀燈は謝罪の言葉を意に介さないように立ち上がり、窓のアルミ枠に手をかけながら言う。
窓ガラスには空の青に透かされた水銀燈の顔が写っていた。
その表情は窓ガラスの様に、彼女の顔には写し出されていなかった。
「また戦いに?」
雲が流れ、陽の光と水銀燈の顔をガラスの上から隠した。
小さな手が窓を押し開け、男を一瞥した。
「きっも」
それだけ言うと、水銀燈は背から突き出た両の黒翼を広げ、灰が混じる青へ飛び立って往った。
6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:sage :2008/03/22(土) 00:13:04.34 ID:ZS1SgYCd0
゚ | ・ | .+o ゚ | ・ | o。 | *。 |
*o ゚ |+ | ・゚ | o○+ | .|i・ o |*
o○+ | |i |i | + ゚| o ○。
・+ ・ l ゚| o ○。 * ・|*゚ + |
゚ |i | + ○ / ̄ ̄ ̄'',. | |! |
o。! |! ゚o .* / ', | * ゚ |
。*゚ l ・ ゚ | {゚} /¨`ヽ {゚} |o ゚。・ ゚
*o゚ |! | 。.l トェェェェイ ', + *|
。 | ・ o ゚l .| |-ーー| ', *゚・ +゚ ||
|o |・゚ ,.‐-リ ヘェェェノ ', | ゚ |
* ゚ l| / 、 \ + o.+ | ・
|l + ゚o i ` -、 _ \ ○・ |o゚
o○ | | ヽ. ヾ´  ̄ ヽ *。
・| + ゚ o } } ヽ O。
O。 | | リ、 ..::: .. l 。
o+ |!*。| / `ー:::: , ヘ:::::.. | *
|・ | ゚・ |/ / :::... .. /:::/ | ::..... { |
_|\∧∧∧MMMM∧∧∧/|_
> <
/\ ──┐| | \ ヽ| |ヽ ム ヒ | |
/ \ / / | ̄| ̄ 月 ヒ | |
\ _ノ _/ / | ノ \ ノ L_い o o
> <
7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 00:15:21.10 ID:ZS1SgYCd0
「そろそろ、カーテン閉めるよ」
ぼんやりと窓辺に立ち、空を見上げる水銀燈に声を掛ける。
西の空をほんの少しだけ残し、夜の帳が春風に揺れていた。
カーテンレールを滑る滑車の音が、夜から部屋を切り取った。
カーテンに伸ばした男の手が止まる。
水銀燈は何も言わず左を向き、そのまま真っ直ぐ部屋の角まで行くと静かに腰を下ろした。
その視線は男に向けられている。
まるで、道路の上で風に吹かれ、いつ車に轢かれるとも分からない
ビニルの袋を見ているかのようだった。
「あー、ありがと」
男は、伸ばし、開かれた手を握り言った。
「そろそろ、カーテン閉めるよ」
ぼんやりと窓辺に立ち、空を見上げる水銀燈に声を掛ける。
西の空をほんの少しだけ残し、夜の帳が春風に揺れていた。
カーテンレールを滑る滑車の音が、夜から部屋を切り取った。
カーテンに伸ばした男の手が止まる。
水銀燈は何も言わず左を向き、そのまま真っ直ぐ部屋の角まで行くと静かに腰を下ろした。
その視線は男に向けられている。
まるで、道路の上で風に吹かれ、いつ車に轢かれるとも分からない
ビニルの袋を見ているかのようだった。
「あー、ありがと」
男は、伸ばし、開かれた手を握り言った。
9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 00:19:19.27 ID:ZS1SgYCd0
部屋の隅に置かれたストーブの赤く焼けた鉄が、部屋を照らしていた。
薬缶口からお湯がカップ麺へと注がれる。
水を足し、薬缶をストーブの上に置くと水滴が死ぬ音がした。カップ麺の蓋はシールで留められている。
春といえど夜はまだ寒い。
蓋を開けると、冷たさを含んだ湯気が鼻を湿らせた。
湿った鼻で感じるコンソメの臭いが食欲をそそる。
湯気をまとう刻みネギで飾り付けられた麺を持ち上げ、口をつける。
刺すような熱さが、一瞬。その後は味が程よく染み込んだ麺をすするだけなのだが──。
「食べる?」
水銀燈の視線の重さに箸を進める事が出来なかった。
部屋の隅に置かれたストーブの赤く焼けた鉄が、部屋を照らしていた。
薬缶口からお湯がカップ麺へと注がれる。
水を足し、薬缶をストーブの上に置くと水滴が死ぬ音がした。カップ麺の蓋はシールで留められている。
春といえど夜はまだ寒い。
蓋を開けると、冷たさを含んだ湯気が鼻を湿らせた。
湿った鼻で感じるコンソメの臭いが食欲をそそる。
湯気をまとう刻みネギで飾り付けられた麺を持ち上げ、口をつける。
刺すような熱さが、一瞬。その後は味が程よく染み込んだ麺をすするだけなのだが──。
「食べる?」
水銀燈の視線の重さに箸を進める事が出来なかった。
10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 00:22:10.51 ID:ZS1SgYCd0
「……別に」水銀燈が膝を抱きかかえ、顎を乗せた。
「お腹減らない?」
答えるのもさぞ面倒くさいと水銀燈が言う。
「あのねえ、私はローゼンメイデンよ? そんな犬の餌みたいな物を食べるわけがないでしょ。少しは物を考えて言いなさい」
「そうか」と男が返し、水銀燈の視線の中、外気に晒され冷たくなった麺をすすった。
時計の針が9時を指すまで、水銀燈は部屋の隅から男を見つめ、自分の鞄の中に何も言わずに戻った。
男はストーブの火を落とす。
熱が地に吸われる雨水のように引いていく中、彼は肘を付き、手の平に顎を乗せ、壁の一点を見つめていた。
顎に、薔薇の指輪の冷たい感触が触れている。
音がする。夜の冷たさが部屋を満たす音が。
「……別に」水銀燈が膝を抱きかかえ、顎を乗せた。
「お腹減らない?」
答えるのもさぞ面倒くさいと水銀燈が言う。
「あのねえ、私はローゼンメイデンよ? そんな犬の餌みたいな物を食べるわけがないでしょ。少しは物を考えて言いなさい」
「そうか」と男が返し、水銀燈の視線の中、外気に晒され冷たくなった麺をすすった。
時計の針が9時を指すまで、水銀燈は部屋の隅から男を見つめ、自分の鞄の中に何も言わずに戻った。
男はストーブの火を落とす。
熱が地に吸われる雨水のように引いていく中、彼は肘を付き、手の平に顎を乗せ、壁の一点を見つめていた。
顎に、薔薇の指輪の冷たい感触が触れている。
音がする。夜の冷たさが部屋を満たす音が。
11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 00:27:06.59 ID:ZS1SgYCd0
夜にする為、昼を抜く。
空まで満たされていた昼が、徐々に地面に染み込み出していた。
「ただいま」
汚れが目立つドアを開き、部屋に入ると水銀燈が居なかった。それも鞄ごと。
部屋の何処かに隠れているのかと、キョロキョロと視線を動かすが見つからない。
そもそも隠れれる場所があるほど広い部屋ではない。
机の上に買ってきた物を置き、定位置に座る。
窓ガラスの向こうでは、夜が注がれ始めていた。
時計の針は9時を廻り、秒針が長針を追い抜いていく。
バタン。
誰も居ない部屋に扉が閉まる音が小さく響いた。
夜にする為、昼を抜く。
空まで満たされていた昼が、徐々に地面に染み込み出していた。
「ただいま」
汚れが目立つドアを開き、部屋に入ると水銀燈が居なかった。それも鞄ごと。
部屋の何処かに隠れているのかと、キョロキョロと視線を動かすが見つからない。
そもそも隠れれる場所があるほど広い部屋ではない。
机の上に買ってきた物を置き、定位置に座る。
窓ガラスの向こうでは、夜が注がれ始めていた。
時計の針は9時を廻り、秒針が長針を追い抜いていく。
バタン。
誰も居ない部屋に扉が閉まる音が小さく響いた。
13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 00:31:04.63 ID:ZS1SgYCd0
街灯の灯りが忙しなく点いたり消えたりを繰り返し、消えた。
青白い月明かりだけが、廃墟と化した教会を照らしていた。
男は公園や高架下や展望台。水銀燈が好きそうな所は一通り見て回ったが、
見つける事が出来なかった。
結局、この初めて彼女と出会った教会に足を運ぶ事になる。
ぎぃ。と分厚い木製の門が押される。
古カビと湿ったコンクリートの冷たい臭いがした。
破れた天窓から月明かりが差し込んでいたので、苦もなく辺りを見渡す事が出来る。
居た。
教会の真ん中に、彼女は居た。
街灯の灯りが忙しなく点いたり消えたりを繰り返し、消えた。
青白い月明かりだけが、廃墟と化した教会を照らしていた。
男は公園や高架下や展望台。水銀燈が好きそうな所は一通り見て回ったが、
見つける事が出来なかった。
結局、この初めて彼女と出会った教会に足を運ぶ事になる。
ぎぃ。と分厚い木製の門が押される。
古カビと湿ったコンクリートの冷たい臭いがした。
破れた天窓から月明かりが差し込んでいたので、苦もなく辺りを見渡す事が出来る。
居た。
教会の真ん中に、彼女は居た。
14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 00:35:14.23 ID:ZS1SgYCd0
肥大した黒い翼を持て余すかのように地べたに座り込み、閉じられた目の前の鞄を
恨めしそうに見つめ、時折苦しそうに声を漏らしていた。
水銀燈は男が入って来た事には気づいてはいなかった。
美しい。肥大した羽を、月明りに照らされている水銀燈を見て男は素直にそう感じた。
「どうしたんだ?」
男は水銀燈の肩に手をかけ言う。
そこで初めて男の存在に気づいた水銀燈は、男の顔に焦点が定まらない瞳を向け
「契約した……」と小さく口を動かした。
「大丈夫なのか?」と男が水銀燈の前髪が汗で張り付いた額に触れる。蒸された様に熱い。
「手を……のけなさい……」小さな手が力なく、額に添えられた男の手を押す。
「おい、そうじゃないだろ!」
「クソッ」既に水銀燈は苦しそうに目を閉じ、小さく唸るだけであった。
押し返そうとしたした水銀燈の手は、男の服をしっかりと握っていた。
肥大した黒い翼を持て余すかのように地べたに座り込み、閉じられた目の前の鞄を
恨めしそうに見つめ、時折苦しそうに声を漏らしていた。
水銀燈は男が入って来た事には気づいてはいなかった。
美しい。肥大した羽を、月明りに照らされている水銀燈を見て男は素直にそう感じた。
「どうしたんだ?」
男は水銀燈の肩に手をかけ言う。
そこで初めて男の存在に気づいた水銀燈は、男の顔に焦点が定まらない瞳を向け
「契約した……」と小さく口を動かした。
「大丈夫なのか?」と男が水銀燈の前髪が汗で張り付いた額に触れる。蒸された様に熱い。
「手を……のけなさい……」小さな手が力なく、額に添えられた男の手を押す。
「おい、そうじゃないだろ!」
「クソッ」既に水銀燈は苦しそうに目を閉じ、小さく唸るだけであった。
押し返そうとしたした水銀燈の手は、男の服をしっかりと握っていた。
15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 00:39:55.04 ID:ZS1SgYCd0
次に水銀燈が目を覚ましたのは布団の中だった。
額がひんやりと気持ちがいい。
理由に手を伸ばす。額には冷えピタが貼られてある。
「何これ……」
「起きた?」
直ぐ傍の暗闇から声がした。
「寝とけって」
水銀燈が目を凝らし闇を見ると、契約した男が壁に背を預け座っていた。
羽の大きさは幾分かマシになっていたが、未だ鞄で眠れる大きさではないが、
熱や苦しさは引いていた。
次に水銀燈が目を覚ましたのは布団の中だった。
額がひんやりと気持ちがいい。
理由に手を伸ばす。額には冷えピタが貼られてある。
「何これ……」
「起きた?」
直ぐ傍の暗闇から声がした。
「寝とけって」
水銀燈が目を凝らし闇を見ると、契約した男が壁に背を預け座っていた。
羽の大きさは幾分かマシになっていたが、未だ鞄で眠れる大きさではないが、
熱や苦しさは引いていた。
16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 00:44:23.15 ID:ZS1SgYCd0
「何で。何で私がここに居るの。何で私を連れてきたの」
水銀燈が問いかけ。「何でって」困ったように男が言う。
闇の中、赤い眼がじっと男の答えを待っていた。
「そりゃ、具合が悪そうだったし……それに、一緒に住んでたし……その、友達? みたいな……」
男の瞳が右へ左へと動く。
「友達?」と水銀燈が言葉を反芻する。
「何で。何で私がここに居るの。何で私を連れてきたの」
水銀燈が問いかけ。「何でって」困ったように男が言う。
闇の中、赤い眼がじっと男の答えを待っていた。
「そりゃ、具合が悪そうだったし……それに、一緒に住んでたし……その、友達? みたいな……」
男の瞳が右へ左へと動く。
「友達?」と水銀燈が言葉を反芻する。
17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 00:47:14.30 ID:ZS1SgYCd0
「ああ、いや、何でもない。っていうか寝ろよ、具合悪いんだろ。」
水銀燈の思考を断ち切ろうと男が言う。
開きかけた口を閉じ、言葉を探し水銀燈が言った。
「……寝れるわけないじゃない、ローゼンメイデンは鞄の中で眠るのよ?
こんな安っぽくて、あんたの匂いが染み付いた布団でなんかで、寝れる訳ないじゃない」
「そうか。まあ、体を横にしているだけでも違うから、寝てたほうがいいよ」
男はそう言うと、水銀燈の額に貼ってある冷えピタを剥がし、
前髪を持ち上げ新しい物を貼った。その間、水銀燈は黙って男を見ていた。
「ああ、いや、何でもない。っていうか寝ろよ、具合悪いんだろ。」
水銀燈の思考を断ち切ろうと男が言う。
開きかけた口を閉じ、言葉を探し水銀燈が言った。
「……寝れるわけないじゃない、ローゼンメイデンは鞄の中で眠るのよ?
こんな安っぽくて、あんたの匂いが染み付いた布団でなんかで、寝れる訳ないじゃない」
「そうか。まあ、体を横にしているだけでも違うから、寝てたほうがいいよ」
男はそう言うと、水銀燈の額に貼ってある冷えピタを剥がし、
前髪を持ち上げ新しい物を貼った。その間、水銀燈は黙って男を見ていた。
19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 00:50:28.17 ID:ZS1SgYCd0
「ねえ、えーと──」
「マサユキ」
「そう、マサユキ、その……」と水銀燈の語尾が擦れて消えた。
「何?」
「な、何でもないわよ。何でもないから。あんたも早く寝なさい」
言い終わってから、水銀燈は誰の布団で寝ているかを思い出した。
布団から抜け出そうとする水銀燈を止めた「いや、いいよ。それに、月見もしてたから」
水銀燈も言われて空を見る。
真ん丸の月に、薄っすらと雲がかかっていた。
「朧月だね」と男が小さく言った。
「ねえ、えーと──」
「マサユキ」
「そう、マサユキ、その……」と水銀燈の語尾が擦れて消えた。
「何?」
「な、何でもないわよ。何でもないから。あんたも早く寝なさい」
言い終わってから、水銀燈は誰の布団で寝ているかを思い出した。
布団から抜け出そうとする水銀燈を止めた「いや、いいよ。それに、月見もしてたから」
水銀燈も言われて空を見る。
真ん丸の月に、薄っすらと雲がかかっていた。
「朧月だね」と男が小さく言った。
20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 00:53:19.58 ID:ZS1SgYCd0
水銀燈は月に興味をなくし、男の顔に視線を戻すと視線が噛み合った。
男は、自分の袖を掴んでいた手を思い出した。
その手は、今は穏やかに重ねられ、その奥から男の眼を赤い眼が見つめている。
「何?」
「別に、何でもないよ」
「そう」
「寝なよ」
「アンタが寝なさいよ」
そんな二人のやり取りを、朧月が静かに照らしていた。
水銀燈は月に興味をなくし、男の顔に視線を戻すと視線が噛み合った。
男は、自分の袖を掴んでいた手を思い出した。
その手は、今は穏やかに重ねられ、その奥から男の眼を赤い眼が見つめている。
「何?」
「別に、何でもないよ」
「そう」
「寝なよ」
「アンタが寝なさいよ」
そんな二人のやり取りを、朧月が静かに照らしていた。
21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 00:56:03.47 ID:ZS1SgYCd0
「そうだ、ケーキを買ってきているんだよね、一緒に食べよう」
「ケーキ?」と水銀燈が聞き返した。
「そう。水銀燈が食べれそうな物がよく分からなかったから、洋菓子をね」
「昨日一緒に食べたかったんだけど、ほら、水銀燈居なかったし」
水銀燈の羽は大分に落ち着いてきていた。後一晩もしない内に完治しそうである。
布団から体を起こしている水銀燈の元に、イチゴのショートケーキを皿に載せ運ぶ。
両手で皿を受け取り、じいっとケーキを見つめる水銀燈。
「そうだ、ケーキを買ってきているんだよね、一緒に食べよう」
「ケーキ?」と水銀燈が聞き返した。
「そう。水銀燈が食べれそうな物がよく分からなかったから、洋菓子をね」
「昨日一緒に食べたかったんだけど、ほら、水銀燈居なかったし」
水銀燈の羽は大分に落ち着いてきていた。後一晩もしない内に完治しそうである。
布団から体を起こしている水銀燈の元に、イチゴのショートケーキを皿に載せ運ぶ。
両手で皿を受け取り、じいっとケーキを見つめる水銀燈。
23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 00:58:20.03 ID:ZS1SgYCd0
「もしかして、本当に物を食べれないの?」
小さな、銀のフォークを水銀燈渡そうとしながら、男が言った。
「いえ……そうね、頂こうかしら」
フォークを手に取り、ケーキを一口大に切り分け自分の口に運ぶ。
「……美味しい」
それを聞いた男は「そうか、良かった」と微笑んだ。
「じゃあ、紅茶でいいよね?」
水銀燈は何も言わず小さく顎を引き、またケーキを切り崩す作業に戻った。
「もしかして、本当に物を食べれないの?」
小さな、銀のフォークを水銀燈渡そうとしながら、男が言った。
「いえ……そうね、頂こうかしら」
フォークを手に取り、ケーキを一口大に切り分け自分の口に運ぶ。
「……美味しい」
それを聞いた男は「そうか、良かった」と微笑んだ。
「じゃあ、紅茶でいいよね?」
水銀燈は何も言わず小さく顎を引き、またケーキを切り崩す作業に戻った。
24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 01:00:16.61 ID:ZS1SgYCd0
紅茶の香りが、砂糖の残り香を柔らかく薄めていく。
水銀燈は小さな手で、大きなマグカップを包み込むようにしていた。
カップに触れている部分が赤くなっている。
「その羽は、その、戦いで?」
「ええ」
「……もう、痛くない?」
「おかげさまでね」と水銀燈が小さく微笑んだ。
紅茶の香りが時間と混ざり合い、ゆっくりと流れていた。
紅茶の香りが、砂糖の残り香を柔らかく薄めていく。
水銀燈は小さな手で、大きなマグカップを包み込むようにしていた。
カップに触れている部分が赤くなっている。
「その羽は、その、戦いで?」
「ええ」
「……もう、痛くない?」
「おかげさまでね」と水銀燈が小さく微笑んだ。
紅茶の香りが時間と混ざり合い、ゆっくりと流れていた。
25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 01:03:32.20 ID:ZS1SgYCd0
あれから、水銀燈の羽も完治し、連れている人工精霊の数も増え、
水銀燈の席も、部屋の隅から男の座る位置の正面となった。
「ねえ、マサユキ。ケーキはもうないの?」
水銀燈が目の端で、男の様子を伺いながら言った。
「昨日食べたじゃないか。まあ、また近いうちに買っとくよ」
「そう……それなら、まあ、別にいいのだけれど……」
残念そうに水銀燈が言う。
「ケーキ好きだったんだね」ニコニコと男が言った。
「違うわよ。マサユキが買ってくるから、私が食べてるんじゃない」
と顔を赤くしながら言った。「そうだったの?」
「そうよ。当たり前じゃない。私がケーキ? この水銀燈が? ばあっかみたい。
あんな、甘くて美味しいもの……好きな訳、ないじゃない……ほんと、ばっかみたい……」
「水銀燈は可愛いなあ」
「はっ、はぁ? あんた目がジャンクなんじゃないの!? それとも私がジャンクにしてやろうかしら!」
怒ったり、喜んだり、悲しんだりと水銀燈は忙しく表情を変化させていく。
少し精神が不安定なのかもしれない。
そんな水銀燈を男が眺めていると、バツが悪そうにそっぽを向いた。
あれから、水銀燈の羽も完治し、連れている人工精霊の数も増え、
水銀燈の席も、部屋の隅から男の座る位置の正面となった。
「ねえ、マサユキ。ケーキはもうないの?」
水銀燈が目の端で、男の様子を伺いながら言った。
「昨日食べたじゃないか。まあ、また近いうちに買っとくよ」
「そう……それなら、まあ、別にいいのだけれど……」
残念そうに水銀燈が言う。
「ケーキ好きだったんだね」ニコニコと男が言った。
「違うわよ。マサユキが買ってくるから、私が食べてるんじゃない」
と顔を赤くしながら言った。「そうだったの?」
「そうよ。当たり前じゃない。私がケーキ? この水銀燈が? ばあっかみたい。
あんな、甘くて美味しいもの……好きな訳、ないじゃない……ほんと、ばっかみたい……」
「水銀燈は可愛いなあ」
「はっ、はぁ? あんた目がジャンクなんじゃないの!? それとも私がジャンクにしてやろうかしら!」
怒ったり、喜んだり、悲しんだりと水銀燈は忙しく表情を変化させていく。
少し精神が不安定なのかもしれない。
そんな水銀燈を男が眺めていると、バツが悪そうにそっぽを向いた。
26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 01:07:08.60 ID:ZS1SgYCd0
「髪はねてるよ」と男が指摘すると、水銀燈は
「えっ、どこよ、どこ?」と自らの髪を撫で付けながらその背を鏡に写した。
「ほら、ここだよ」
男は水銀燈のヘッドドレスからピョコンと跳ねている髪の毛を撫でた。
「あっ」水銀燈が小さく吐息を漏らす。
何度撫で付けても、跳ねた髪の毛は元に戻らなかった。
撫で付けられている間、水銀燈は俯き、小さな羽がピクピクと動いていた。
「頑固な毛だな。櫛を持ってくるよ」
「い、いいわよ、持ってこなくても」
「でも」
水銀燈は自分で跳ねた毛を押さえ、羽を広げて飛び上がる。
「ちょっと用事を思い出したから、いくわ」
「お、おい待てよ」
男の静止を振り切って、水銀燈は光る鏡へと飛び込んだ。
「髪はねてるよ」と男が指摘すると、水銀燈は
「えっ、どこよ、どこ?」と自らの髪を撫で付けながらその背を鏡に写した。
「ほら、ここだよ」
男は水銀燈のヘッドドレスからピョコンと跳ねている髪の毛を撫でた。
「あっ」水銀燈が小さく吐息を漏らす。
何度撫で付けても、跳ねた髪の毛は元に戻らなかった。
撫で付けられている間、水銀燈は俯き、小さな羽がピクピクと動いていた。
「頑固な毛だな。櫛を持ってくるよ」
「い、いいわよ、持ってこなくても」
「でも」
水銀燈は自分で跳ねた毛を押さえ、羽を広げて飛び上がる。
「ちょっと用事を思い出したから、いくわ」
「お、おい待てよ」
男の静止を振り切って、水銀燈は光る鏡へと飛び込んだ。
27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 01:09:37.03 ID:ZS1SgYCd0
緑の空を水銀燈が飛んでいた。剥き出しの大地には、角砂糖のような岩が転がっている。
あの時──マサユキが、自分の髪を梳かそうとした時──何で私は
逃げ出してしまったのだろうか?
『必要ない』と言えば済む話なのに、何故それが出来なかったのか。
これではまるで、恥らう乙女ではないか。
掠める風が水銀燈の頬から熱を奪う。
ドゴフゥ。角砂糖の岩の底から何かが吹き上げた。
土煙の中にその先端が見える。白い茨だ。
最後の敵、第七ドール『雪華綺晶』。
水銀燈は右の羽を巨大化、空を叩き強引に進路を変える。
既に彼女の中から暖かさは消えていた。
アリスになる為に。
茨の発信源へと、その身を黒い弾丸にした。
緑の空を水銀燈が飛んでいた。剥き出しの大地には、角砂糖のような岩が転がっている。
あの時──マサユキが、自分の髪を梳かそうとした時──何で私は
逃げ出してしまったのだろうか?
『必要ない』と言えば済む話なのに、何故それが出来なかったのか。
これではまるで、恥らう乙女ではないか。
掠める風が水銀燈の頬から熱を奪う。
ドゴフゥ。角砂糖の岩の底から何かが吹き上げた。
土煙の中にその先端が見える。白い茨だ。
最後の敵、第七ドール『雪華綺晶』。
水銀燈は右の羽を巨大化、空を叩き強引に進路を変える。
既に彼女の中から暖かさは消えていた。
アリスになる為に。
茨の発信源へと、その身を黒い弾丸にした。
28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 01:13:12.19 ID:ZS1SgYCd0
哂っていた。雪華綺晶は最期哂っていたのだ。
哀れむような笑みを、水銀燈は振り払う。
何わ共あれ、私はローザミスティカを全て集め、アリスへと成れたのだ。
あいつの驚く顔が見たい。きっと喜んでくれるだろう。
アリスへと成れた今なら、素直に髪を任せてもいいとも思える。
お父様に会う時、だらしない姿を見せたくもないし……。
倒してきた姉妹の事を思い出さないように、
思いでその身を満たし、契約した男の下へと急いだ。
全てを手にした、幸福で、至高の少女──アリス。
そう、私はアリスなのだ。
だが、彼女は二度と、契約した男『マサユキ』と出会う事はなかった。
二人が短い間だが、共に暮らした部屋に彼の姿は既になく、ローゼンだけが、
そこに居た。
哂っていた。雪華綺晶は最期哂っていたのだ。
哀れむような笑みを、水銀燈は振り払う。
何わ共あれ、私はローザミスティカを全て集め、アリスへと成れたのだ。
あいつの驚く顔が見たい。きっと喜んでくれるだろう。
アリスへと成れた今なら、素直に髪を任せてもいいとも思える。
お父様に会う時、だらしない姿を見せたくもないし……。
倒してきた姉妹の事を思い出さないように、
思いでその身を満たし、契約した男の下へと急いだ。
全てを手にした、幸福で、至高の少女──アリス。
そう、私はアリスなのだ。
だが、彼女は二度と、契約した男『マサユキ』と出会う事はなかった。
二人が短い間だが、共に暮らした部屋に彼の姿は既になく、ローゼンだけが、
そこに居た。
29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 01:14:55.68 ID:ZS1SgYCd0
契約していた男の名前を口に出しかけ、慌てて口をつぐむ。
「どうしたんだい、水銀燈」
「あっ……いえ、何でもありません、お父様」
「そうか、ならいい」とローゼンは手にしていた本に視線を戻した。
あの日、彼女が部屋に戻るとマサユキは居なくなっていた、居たが、そこには居なかった。
契約していた男の名前を口に出しかけ、慌てて口をつぐむ。
「どうしたんだい、水銀燈」
「あっ……いえ、何でもありません、お父様」
「そうか、ならいい」とローゼンは手にしていた本に視線を戻した。
あの日、彼女が部屋に戻るとマサユキは居なくなっていた、居たが、そこには居なかった。
30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 01:17:14.71 ID:ZS1SgYCd0
水銀燈は部屋へと通じる扉を見つけ、潜り抜ける。
見慣れた狭い部屋が、目の前に飛び込んできた。
「お帰り、水銀燈。いや、僕の──アリス」
水銀燈を出迎えた男はそう言った。
誰だ? 水銀燈は男と距離を取り、警戒を強めた。
「どうしたんだい、水銀燈? 父の胸に飛び込んでおいで。君は、僕のアリスだ。
君だけが僕に愛され、僕だけを愛する。さあ──」
父──つまり、己をローゼンだと言う男は手を広げた。
しかし、水銀燈には信じる事が出来ない。
彼女の瞳には、契約した男──マサユキにしか写っていないのだ。
いぶかしんで居ると、ローゼンは水銀燈にゆっくりとした歩調で近づいた。
「君は全ての姉妹を倒し、ローザミスティカを集めた。そうだろう?」
水銀燈は身を強張らせ頷く。
「そして、君は今。契約した男が自分が父だと言い、混乱している。そうだろう?」
ローゼンはしゃがみ、視線を水銀燈に合わせ言った。
「僕はね、直ぐ傍に居たんだよ。」
水銀燈は部屋へと通じる扉を見つけ、潜り抜ける。
見慣れた狭い部屋が、目の前に飛び込んできた。
「お帰り、水銀燈。いや、僕の──アリス」
水銀燈を出迎えた男はそう言った。
誰だ? 水銀燈は男と距離を取り、警戒を強めた。
「どうしたんだい、水銀燈? 父の胸に飛び込んでおいで。君は、僕のアリスだ。
君だけが僕に愛され、僕だけを愛する。さあ──」
父──つまり、己をローゼンだと言う男は手を広げた。
しかし、水銀燈には信じる事が出来ない。
彼女の瞳には、契約した男──マサユキにしか写っていないのだ。
いぶかしんで居ると、ローゼンは水銀燈にゆっくりとした歩調で近づいた。
「君は全ての姉妹を倒し、ローザミスティカを集めた。そうだろう?」
水銀燈は身を強張らせ頷く。
「そして、君は今。契約した男が自分が父だと言い、混乱している。そうだろう?」
ローゼンはしゃがみ、視線を水銀燈に合わせ言った。
「僕はね、直ぐ傍に居たんだよ。」
31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 01:20:27.57 ID:ZS1SgYCd0
ローゼンは水銀燈の左手を取り、その手の平の上に薔薇の指輪を一つ、乗せた。
契約の時に使った指輪だ。現に、今ローゼンの左手薬指には指輪がなかった。
「そして、彼が今、ここにいる」
水銀燈は己から、ありもしない血の引く音を聞いた。
「僕はね、アリスが完成したら──ローザミスティカが全て揃えば──現れる事が出来るんだ。
そう作ったからね。さあ、もう僕が父だと分かっただろう? 父を抱きしめておくれ」
ローゼンが手を広げ、その胸に水銀燈を招く。
水銀燈はとことことローゼンの胸に歩み寄り、倒れ掛かるように抱きしめる。
その左手は硬く結ばれていた。
「おおっ、僕のアリス……!」
ローゼンが歓喜の声を上げたが、水銀燈は何も言わず、ローゼンを、己の父を抱きしめていた。
ローゼンは水銀燈の左手を取り、その手の平の上に薔薇の指輪を一つ、乗せた。
契約の時に使った指輪だ。現に、今ローゼンの左手薬指には指輪がなかった。
「そして、彼が今、ここにいる」
水銀燈は己から、ありもしない血の引く音を聞いた。
「僕はね、アリスが完成したら──ローザミスティカが全て揃えば──現れる事が出来るんだ。
そう作ったからね。さあ、もう僕が父だと分かっただろう? 父を抱きしめておくれ」
ローゼンが手を広げ、その胸に水銀燈を招く。
水銀燈はとことことローゼンの胸に歩み寄り、倒れ掛かるように抱きしめる。
その左手は硬く結ばれていた。
「おおっ、僕のアリス……!」
ローゼンが歓喜の声を上げたが、水銀燈は何も言わず、ローゼンを、己の父を抱きしめていた。
32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 01:24:58.56 ID:ZS1SgYCd0
「ねえ、お父様」
水銀燈が、深く椅子にその身を預け、目を瞑っていたローゼンに話しかけた。
部屋は暗い。朧な月明りだけが照らしていた。
「なんだい、水銀燈」とローゼンが目を閉じたまま答えた。
「お父様は何もお食べにならないけれど、大丈夫なのですか?」
「ああ、大丈夫だ。」そう言ったローゼンの頬は、月明りのせいだろうか青白く見えた。
「そうですか……」
水銀燈はあっさりと引き下がった。
「水銀燈」
「はい」
「お前は私に食べさせるとしたら、何を食べさせる」
水銀燈の口が柔らかく弧を描いた。
「えっ、あ、そうですね……洋菓子など、どうでしょうか……?」
「美味しいですよ」と付け加える。
「ねえ、お父様」
水銀燈が、深く椅子にその身を預け、目を瞑っていたローゼンに話しかけた。
部屋は暗い。朧な月明りだけが照らしていた。
「なんだい、水銀燈」とローゼンが目を閉じたまま答えた。
「お父様は何もお食べにならないけれど、大丈夫なのですか?」
「ああ、大丈夫だ。」そう言ったローゼンの頬は、月明りのせいだろうか青白く見えた。
「そうですか……」
水銀燈はあっさりと引き下がった。
「水銀燈」
「はい」
「お前は私に食べさせるとしたら、何を食べさせる」
水銀燈の口が柔らかく弧を描いた。
「えっ、あ、そうですね……洋菓子など、どうでしょうか……?」
「美味しいですよ」と付け加える。
34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 01:29:04.09 ID:ZS1SgYCd0
ローゼンは闇の中から水銀燈の表情を見つめ眉間に皺を寄せたが、
水銀燈にはそれが見て取れなかった。
「……そうだな、明日それを買ってこよう」
「本当ですか?」
月明りに水銀燈の銀の髪が舞う。
「ああ」
「イチゴのショートケーキが美味しいんですよ」と水銀燈はローゼンに、
他にどのケーキが美味しいだとか、付け合せの紅茶は何がいいかだとかを話し始めた。
ローゼンは相槌を打ってはいたが、その耳は夜の音だけを聞いていた。
冷たい夜が、部屋を満たす音だけを。
ローゼンは闇の中から水銀燈の表情を見つめ眉間に皺を寄せたが、
水銀燈にはそれが見て取れなかった。
「……そうだな、明日それを買ってこよう」
「本当ですか?」
月明りに水銀燈の銀の髪が舞う。
「ああ」
「イチゴのショートケーキが美味しいんですよ」と水銀燈はローゼンに、
他にどのケーキが美味しいだとか、付け合せの紅茶は何がいいかだとかを話し始めた。
ローゼンは相槌を打ってはいたが、その耳は夜の音だけを聞いていた。
冷たい夜が、部屋を満たす音だけを。
35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 01:33:00.99 ID:ZS1SgYCd0
水銀燈が窓辺に腰を下ろし、窓枠に肘を、その手の平に上に顎をのせ小指を噛み、空を見ていた。
空は曇り、その表情は窓ガラスには写りこんではいない。
その姿をローゼンが眺めているが、水銀燈はそれに気づく様子もなかった。
「水銀燈」とローゼンが呼びかけた。
水銀燈は小指を、小さな白い歯から開放し、ゆっくりとローゼンの方に向き直った。
「はい、お父様」
「髪が跳ねているよ」とローゼンが指摘すると「すみません」と水銀燈が
ヘッドドレスの──以前、男に撫でられた所を、優しく押さえた。
無論、跳ねている場所はそこではない。
ローゼンが小さく息を吐き「そこで待っていなさい」と洗面所へと消え、
戻ってきた時には、その手に櫛を握っていた。
「自分でします」
水銀燈の声を制するように「背中を向けなさい」とローゼンが言った。
水銀燈が窓辺に腰を下ろし、窓枠に肘を、その手の平に上に顎をのせ小指を噛み、空を見ていた。
空は曇り、その表情は窓ガラスには写りこんではいない。
その姿をローゼンが眺めているが、水銀燈はそれに気づく様子もなかった。
「水銀燈」とローゼンが呼びかけた。
水銀燈は小指を、小さな白い歯から開放し、ゆっくりとローゼンの方に向き直った。
「はい、お父様」
「髪が跳ねているよ」とローゼンが指摘すると「すみません」と水銀燈が
ヘッドドレスの──以前、男に撫でられた所を、優しく押さえた。
無論、跳ねている場所はそこではない。
ローゼンが小さく息を吐き「そこで待っていなさい」と洗面所へと消え、
戻ってきた時には、その手に櫛を握っていた。
「自分でします」
水銀燈の声を制するように「背中を向けなさい」とローゼンが言った。
36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 01:38:11.55 ID:ZS1SgYCd0
櫛を水銀燈の銀の髪に当てた。
ローゼンがゆっくりと水銀燈の髪を梳る。
「身だしなみに気をつけるのも、アリスの務めだよ」
「はい、すみません、お父様」
水銀燈はローゼンに梳るままにされていた。
「お休み、水銀燈」
水銀燈は何も答えなかった。
ローゼンは水銀燈の髪を梳き終わると、水銀燈を抱き上げた。
カチャカチャと陶器が触れ合う音がした。
水銀燈を鞄の中に寝かせ、その手に人形の手には少しばかり大きい、
人間用の薔薇の指輪を握らせ鞄を閉じた。
「また、失敗か」
ローゼンの呟きは、明るさを失っていく部屋に虚しく吸い込まれ、消えた。
櫛を水銀燈の銀の髪に当てた。
ローゼンがゆっくりと水銀燈の髪を梳る。
「身だしなみに気をつけるのも、アリスの務めだよ」
「はい、すみません、お父様」
水銀燈はローゼンに梳るままにされていた。
「お休み、水銀燈」
水銀燈は何も答えなかった。
ローゼンは水銀燈の髪を梳き終わると、水銀燈を抱き上げた。
カチャカチャと陶器が触れ合う音がした。
水銀燈を鞄の中に寝かせ、その手に人形の手には少しばかり大きい、
人間用の薔薇の指輪を握らせ鞄を閉じた。
「また、失敗か」
ローゼンの呟きは、明るさを失っていく部屋に虚しく吸い込まれ、消えた。
40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 01:40:44.12 ID:ZS1SgYCd0
二ヵ月後、首を裂いた男の死体がアパートの一室で見つかった。
異臭がすると、住人が管理人に連絡し、発見されたのだ。
その部屋で人形が見つかったという話は聞かない。
そして今も、気づかれる事なく、契約には使われる事がない薔薇の指輪が、
鞄の中で水銀燈と共に眠っている。
二ヵ月後、首を裂いた男の死体がアパートの一室で見つかった。
異臭がすると、住人が管理人に連絡し、発見されたのだ。
その部屋で人形が見つかったという話は聞かない。
そして今も、気づかれる事なく、契約には使われる事がない薔薇の指輪が、
鞄の中で水銀燈と共に眠っている。
41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。: :2008/03/22(土) 01:40:55.15 ID:ZS1SgYCd0
終わりです、お疲れさまでした
終わりです、お疲れさまでした
53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:sage :2008/03/22(土) 03:18:48.94 ID:ZS1SgYCd0
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カタ /
カタ /  ̄  ̄  ̄\
< ` ヽ 、 /\::::::::: / .\
/`ヽ、 ` ヽ、 <●>::::::<●> \ どうやら、オプーナというゲームのミニゲームで
/ `ヽ、/ i (__人__) | 桃種先生書下ろしのローゼンメイデンの話が読めるらしいですよ…と
`ヽ、 / i i、 ` ⌒´ ./
! `ヽ、i i i ヽ、 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄i
{`ヽ、 i i i#`ヽ<⌒ヽ、/ .ノi
| `ヽi i i####>`ゞ_、_,,/:::i
`ヽ、 i i/ヽ//:::::::::` ヽ、:::i