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メネラオス

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メネラオス(Menelaus)はスパルタの王で、トロイア戦争の中心人物である。トロイア戦争はパリスにさらわれた彼の妻ヘレネを取り戻すために始まった。戦場ではパリスと一騎打ちをし、トロイの木馬の計略では彼は木馬に乗りこんだ一員だった。トロイア陥落後は、妻ヘレネを連れて帰国の途についたが、8年間故国に戻れず放浪した。帰国後はヘレネとスパルタで平穏に暮らし、最後は不死の身となってエリュシオンに行ったという。


系譜




エピソード

青年時代

父アトレウスが殺される  ミュケナイアトレウスアイギストスに殺された。彼は王位を簒奪すると、彼の父テュエステスと共にミュケナイを支配した。この期間、メネラオスとアガメムノンの兄弟はスパルタテュンダレオスの所へ身を寄せた。テュンダレオスには二人の娘ヘレネクリュタイムネストラがいたが、後に二人は兄弟それぞれと結婚する。

ヘレネと結婚する  テュンダレオスの娘ヘレネが婚期となった時、多数のギリシャの王族たちがスパルタにやってきて、彼女に求婚した。求婚者はオデュッセウスメネステウス大アイアスパトロクロスイドメネウスなどがいたが、本命なのはメネラオスだった。一説によると、彼自身は来ないで、兄アガメムノンを代理にしていたという。みなが多くの贈物を携えてきたが、オデュッセウスだけは何も持ってこなかった。テュンダレオスはどの贈物も受け取らず、一人の求婚者も追い返さなかった。彼らを怒らせ争いになるのを怖れたのである。オデュッセウスは、もしペネロペとの結婚をテュンダレオスが支援してくれるなら、この問題を円満に解決すると約束した。テュンダレオスはすぐに同意し、オデュッセウスの助言に従った。ヘレネの夫となった者が危害を受けたらその者を助けることを、求婚者全員に誓わせたのである。ヘレネはメネラオスを選んで結婚した。

スパルタ王になる  テュンダレオスの死後、メネラオスがスパルタ王位を継いだ。テュンダレオスの実子カストルポリュデウケスオリュンポス山にのぼった時に死んでしまったからである。アガメムノンは弟の助けでアイギストスとテュエステスを追放し、ミュケナイ王位を奪還すると、支配地の拡大につとめ、ギリシャで最強の統治者となった。


トロイア戦争

妻ヘレネが誘拐される  結婚から十年後、パリスがメネラオスの屋敷に客としてやってきた。メネラオスは祖父カトレウスの葬式でクレタ島に行って留守だった。パリスはヘレネを誘惑し、スパルタのほとんどの宝を船に積んで、トロイアへと逃げた。ヘレネの娘ヘルミオネを置いていったが、その時九歳だった。

アウリスに軍勢を集結させる  メネラオスは何があったか知ると、兄のアガメムノンに軍隊を興して彼の妻と財産を取り戻すように頼んだ。彼は使者を各地につかわし、テュンダレオスの誓約をたてにとって、求婚者だったものはヘレネの夫を救う義務があることを思い出させた。ほとんど全ギリシャが動き、トロイアを攻める側と守る側に二分されることになった。こうしてエウボエア島の向かい、ボエオチアの港アウリスの地にトロイア遠征の軍勢が集められた。

イピゲネイアを犠牲に捧げる  艦隊は風向きが悪くてアウリスを出発することが出来なかった。軍にいらいらした空気が流れてきた。予言者カルカスアガメムノンが娘のイピゲネイアアルテミスに捧げたら出発できるだろうと公言した。アガメムノンも父としてこれには抵抗を覚えたが、メネラオスの強い説得によって、ついに自分の娘を犠牲に供したのだった。

大使としてトロイアへ行く  トロイアにやってくると、アカイア人はオデュッセウスとメネラオスを使者に送って、ヘレネと財産の返還を要求した。トロイア人はこれを拒否したばかりでなく、使者たちを殺すと脅したが、和平を擁護していたアンテノルの仲裁でなんとか事なきを得た。このため、トロイア陥落後の略奪の際もアカイア人はアンテノルの屋敷には手を出さなかった。


トロイア戦争最後の年

パリスと一騎打ちをする  トロイア戦争十年目に、メネラオスとパリスの一騎打ちで勝負を決める試みがあり、休戦協定が結ばれた。メネラオスはあと少しで敵を討てる所だった。彼がパリスの兜の天辺をつかんで自陣へと引き摺りはじめた時に、アプロディテが間に入り、兜のひもを断ち切った。彼は再び打ちかかったが、女神はパリスを霧で隠し、町へ連れ戻した。パンダロスがメネラオスに矢を射て浅い傷を負わせ、休戦は破れた。アスクレピオスの子マカオンが傷をなおした。

トロイの木馬に参加する  力攻めではトロイアは陥落しなかったが、オデュッセウストロイの木馬の計略を思いついた。戦士たちはこの危険な道具の中に入り(メネラオスもその一人だった)、町に侵入すると、残りの軍勢のために門を開いた。


デイポボスを殺す  トロイアの略奪の時に、メネラオスの部隊は、パリスの死後ヘレネと結婚していたデイポボスの屋敷に来た。メネラオスは、デイポボスを捕らえると、彼の耳と鼻を削ぎ、手足を一つずつ切り落とし、苦痛を与えながらバラバラにした。ヘレネは自分の船へ連れて帰った。


トロイア戦争終了後

地中海を放浪する  トロイアの略奪でアカイア人によって、多大な罪が神々に対してなされたので、彼らは帰るのに苦労したり、あるいは帰ることが出来なかった。メネラオスはスパルタに帰るまで8年間地中海をさまよった。メネラオスは最初アッティカサニアムに五隻の船で行った。それからクレタ島に吹き戻された。リビュアポエニキアキュプロスと、財宝を集めながらさまよった。エジプトで操舵士のカノバスが死んだが、彼はアレクサンドリアの東の町の名前の語源になった。

海の翁プロテウスに会う  メネラオスはエジプトでプロテウスと会う。彼は過去現在未来を見ることができるが、質問に答えたがらず、変身によって逃れようとする。エイドテエの助言に従って、メネラオスは彼が家に帰った所を待伏せて鎖で捕らえ、正体を明かさせた。プロテウスは神々がトロイアの陥落に怒っており、生贄で鎮めなければならないと言った。メネラオスは指示に従い、8年ぶりに故郷へ帰った。

甥のオレステスに会う アルゴスを経由して故国に戻ると、父の仇を討って追われている甥のオレステスに会った。彼は死刑にされることに怯えており、メネラオスに助けを求めた。しかし、メネラオスは助けようとせず、市民とテュンダレオスに慈悲を乞うことを約束しただけだった。妻の父ティンダレオスに逆らうのは、賢い選択ではなかったからである。このため、オレステスは姉とピュラデスとともに一時ヘレネの殺害を企んだが、それがなされることはなかった。

娘のヘルミオネを結婚させる 娘のヘルミオネについて、メネラオスは結婚の約束を2つしていた。ひとつはトロイア戦争の前にオレステスと、もうひとつはトロイアネオプトレモスとである。戦争が終わると、ネオプトレモスはスパルタに来て、ヘルミオネを妻に要求した。その時オレステスは狂っていたので、メネラオスはネオプトレモスに娘を与えた。後にオレステスは正気に返ると、ネオプトレモスを殺し、ヘルミオネを妻にした。彼女はネオプトレモスの家では不幸な生活だった。彼女の夫はアンドロマケを妾とし、子供ももうけていたからである。メネラオスは娘を守るため、アンドロマケを殺そうとしたが、ペレウスに妨害された。

幸福な晩年をおくる 数年が経ち、メネラオスは国も妻も平和も、元どおりに取り戻していた。テレマコスが父の消息を求めて彼に会いに来た。それから、ヘレネとメネラオスは屋敷で幸せに暮らした。寿命が尽きたとき、メネラオスはヘラによって不死とされ、エリュシオンの野でヘレネと暮らしたという。








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