桜場コハル作品エロパロスレ・新保管庫

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coharu

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休み時間の教室はひどくざわついている
いろんな場所からいろんな人の話し声が聞こえる
あまりにも会話が入り乱れて、何か意味の分からない呪文のようにも聞こえる
毎日このクラスは騒がしいのだけれど、今日は一段と騒がしい気がする

いや、たぶん実際にいつもより騒がしいのだ
クラスの誰もが声をはずませて上機嫌だ
そんな中で自分だけがほんの少し憂鬱な気分だった
たぶん昨日から始まった生理のせいだ

四ヶ月前に初潮がきて、それから月に一度必ずくるこの忌まわしい呪いのような現象
チカは比較的生理の重い方らしく初日、二日目あたりはひどい気だるさを感じ、ときどきビタミン剤を飲まないと貧血を起こすこともあった

ふと窓の外を見ると、青の絵の具をたっぷりの水で溶かしたような色の空に、秋らしいくっきりとした輪郭の雲が浮かんでいた
空の青がぼんやりとしているから、雲がはっきりとしているように見えるのかしらと、とりとめもなく考える
そうして頬杖をついて遠くの方を眺めていると、だんだんと現実感が薄れていくのを感じた

すぐ近くでなされている会話が無意味で機械的な雑音に聞こえて、いつしか消えていった
視界がぼやけてきて、どこを見ているのか自分でもよく分からなくなってくる

体は感覚をなくして、頬杖をつく肘の先から物言わぬ机と同化してしいくような感覚をおぼえた
あるいは、ぼんやりとした青空と同化してしまうような

「なーにたそがれてんのよ!」
背後からほとんどのし掛かるようにして抱き締められ、チカは急速に現実に引き戻された
肉体に感覚が戻り、机と空と自分との間に明確な境目が出来る

「ユウキちゃん、重いよー」
背中のユウキに押し潰されるように机に伏したチカは冗談めかして言った


「えー、重くないよー。チカちゃんがボケッとしてるからでしょ」
ユウキはそう言って、さらにぐいぐいと体を密着させてくる
今日はいつにも増して元気だ

「ユウキちゃん元気だね」
「だって明日はいよいよ修学旅行だし」
そうだ明日から修学旅行だ、とチカは思った
もちろん忘れていたわけではないが、今のチカには『修学旅行』というイベントを切実な問題として認識することが出来なかった

遠い国の名前も知らない町で起こった災害をニュース番組で見たときのような、どこか他人事で実感の湧かない、ただの情報としてしか認識出来ていなかった

それでもユウキの言葉で、ぼやけていたものが少しずつ形を成していく


そして後ろの席の男子のことを考える
去年と全く同じ席に座るその男子と自分との関係について考える

友人たちに言わせると二人はもう付き合っているも同然で、どちらかが最後の一歩を踏み出せば、つまり告白さえすれば万事上手くような関係らしい
それどころか、なかにはもう付き合ってるのだと勘違いしている人もいるくらいだ
つまり傍目には思い悩むことなど何もないように見えるようだ

しかし、当のチカは少し違う風に考えていた
というよりそれは全く逆の考えだった
私と彼の関係は何の進展も見せてはいない

幼少の頃、一緒に遊び、ケンカをして、そして結婚の約束をした
あの無邪気な関係から一歩たりとも先に進めてはいないのだ
あるいはこの暗擔たる精神の一端はそこにあるのかもしれない

なかなか寝付けない夜のようなジリジリとした焦りを、チカはここ最近ずっと感じていた
何か行動を起こしたい自分と、リョウタとこのままの関係でいたい別の自分とがはっきりと存在していた

私とリョウタとの距離はあまりにも近すぎる、とチカは感じていた
幼なじみという距離に慣れすぎていて、今から別の枠組みのなかに身を置くのは怖い、きっと無理だと

「ねぇ、あっちでみんなと喋ろうよ」
ユウキに半ば強引に手を引かれ、教室の後方でお喋りに興じている集団に近づいていく
リョウタとコウジとツバサとナツミとメグミと、あとはカズミがいる
彼女の姿を認めたとき、胸がチクリと痛んだ

理由は分かっている
カズミのリョウタを見る目が他の女の子とは少し違うからだ
ナツミやユウキもリョウタに対して、何かしら好意に似た感情を抱いているのは分かる
でもそれはあくまで、小学校という限られた空間で偶然出会って仲良くなった男友達に向けられるものであり、つまりそれがリョウタである必然性はほとんどないし
それはこれから成長していくにつれ消えていく感情なのだ

けれどカズミのは違うように思える
彼女のリョウタを見る目は、まるで広大な砂漠の砂を丹念に篩にかけて、そうして手にした一粒の砂金を見つめるような
そんな運命的な出会いをした人を見るような目だ


だからそれはたぶん、中学に行っても、高校に行っても、大人になっても
弱まるどころか逆に強まっていくような芯のある熱情なのだ

今、リョウタに一番近いところにいるのはカズミかもしれない、とチカは思う
私はすごく近いようでいて、本当は誰よりも遠いところからリョウタを呼んでいる
彼は気付いてくれるだろうか
私の声に気付いてくれるだろうか
チカは無邪気に笑うリョウタを見ながら、そんなことを考えていた


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