「やっぱりアプローチが足りないんじゃないかな」
吉野はすまし顔でカプチーノに口をつける。
高校生になって可愛さから美しさに磨きがかかったように千秋は見える。
しかし彼女の浮いた話は聞かないの軟考不惑ゆえか。
「もう子供じゃないんだから」
「わたしだって何とかしたいよ」
千秋はカフェオレに口をつけ、苦さに顔をしかめた。
どっちつかずのままもう何年もたち、いまだに小学生のころとかわらない関係。
吉野はすまし顔でカプチーノに口をつける。
高校生になって可愛さから美しさに磨きがかかったように千秋は見える。
しかし彼女の浮いた話は聞かないの軟考不惑ゆえか。
「もう子供じゃないんだから」
「わたしだって何とかしたいよ」
千秋はカフェオレに口をつけ、苦さに顔をしかめた。
どっちつかずのままもう何年もたち、いまだに小学生のころとかわらない関係。
それをなんとかしたい。恋人じゃなくてもいい、せめて「好きな人の妹」からは抜け出したいのだ。
「藤岡さんはカナちゃんしか見てないんだから、ほかに鈍感になってるの。もっとストレートにやらなきゃ」
「ああ、わかってる」
砂糖がカフェオレに溶けていくのを見ながら、千秋はつぶやいた。
「そう、じゃあがんばってね」
「吉野は好きな奴とかいないのか」
言われた彼女は一瞬きょとんとなってから、小さく笑った。
「わたしはこの子がいるからいいわ」
テーブルの下、座っている吉野の膝に頭を載せているマコトに千秋は目をやる。
何があったのかは知らないし、知る気もない。
恋人でもなければ友人でもなく、まるでペットとその飼い主のようだ。
「わたしはそういうことは見てる方が性にあってるよ」
「そうか」
かばんを肩にかけ、千秋は卓上に小銭を置いて出ていく。
それを見送る吉野は、マコトの頭を何気なくなでていた。
「フラれて人生捨てちゃうよりマシだもんね、マコちゃん」
腰にまわっていた手に力がこもるのを吉野は感じた。
「藤岡さんはカナちゃんしか見てないんだから、ほかに鈍感になってるの。もっとストレートにやらなきゃ」
「ああ、わかってる」
砂糖がカフェオレに溶けていくのを見ながら、千秋はつぶやいた。
「そう、じゃあがんばってね」
「吉野は好きな奴とかいないのか」
言われた彼女は一瞬きょとんとなってから、小さく笑った。
「わたしはこの子がいるからいいわ」
テーブルの下、座っている吉野の膝に頭を載せているマコトに千秋は目をやる。
何があったのかは知らないし、知る気もない。
恋人でもなければ友人でもなく、まるでペットとその飼い主のようだ。
「わたしはそういうことは見てる方が性にあってるよ」
「そうか」
かばんを肩にかけ、千秋は卓上に小銭を置いて出ていく。
それを見送る吉野は、マコトの頭を何気なくなでていた。
「フラれて人生捨てちゃうよりマシだもんね、マコちゃん」
腰にまわっていた手に力がこもるのを吉野は感じた。
「あ、おかえり千秋ちゃん」
「ただいま」
家に帰れば、長身の青年が千秋を出迎えた。言わずもがな藤岡であり、彼女の昔からの想い人である。
「藤岡、大学はいいのか?」
「うん。高校と違って毎日行く必要もないしね。自由だよ」
「そうか。お昼とかどうしてる?」
「う~ん。自炊したり、学食だね」
「だ、だったら弁当とか作るぞ。料理には自信があるんだ」
あまりに古典的な手だったが、ほかに思いつかなかった。藤岡は少し悩んだ末、
「せっかくだけど遠慮しておくよ。なんか悪いし」
「え、でも」
「いいからいいから」
千秋はそれ以上言葉が浮かばず、部屋にひっこむ。
大学の通学の関係上、藤岡がちょくちょくここを利用するようになったのはいいが、やはり関係までは都合よく変わらなかった。
制服を脱ぎ、あらわになる体を見下ろす。
丸みを帯び、ひっこむところはひっこんでいるが、出るところは出ていない。とどのつまり胸に余分な脂肪がたいしてない。
吉野や内田は順当に成長し、トウマにいたっては見事なまでに膨らんでいるのに、なんで自分だけ。
「ふじおか、頭がよくなってもうまくいかないものだな」
くたびれたくまのぬいぐるみを抱きしめ、千秋はベッドに転がった。
「ただいま」
家に帰れば、長身の青年が千秋を出迎えた。言わずもがな藤岡であり、彼女の昔からの想い人である。
「藤岡、大学はいいのか?」
「うん。高校と違って毎日行く必要もないしね。自由だよ」
「そうか。お昼とかどうしてる?」
「う~ん。自炊したり、学食だね」
「だ、だったら弁当とか作るぞ。料理には自信があるんだ」
あまりに古典的な手だったが、ほかに思いつかなかった。藤岡は少し悩んだ末、
「せっかくだけど遠慮しておくよ。なんか悪いし」
「え、でも」
「いいからいいから」
千秋はそれ以上言葉が浮かばず、部屋にひっこむ。
大学の通学の関係上、藤岡がちょくちょくここを利用するようになったのはいいが、やはり関係までは都合よく変わらなかった。
制服を脱ぎ、あらわになる体を見下ろす。
丸みを帯び、ひっこむところはひっこんでいるが、出るところは出ていない。とどのつまり胸に余分な脂肪がたいしてない。
吉野や内田は順当に成長し、トウマにいたっては見事なまでに膨らんでいるのに、なんで自分だけ。
「ふじおか、頭がよくなってもうまくいかないものだな」
くたびれたくまのぬいぐるみを抱きしめ、千秋はベッドに転がった。
「好きなら好きってはっきり言ったらいいんだよ」
ダージリンを啜る吉野に、カナはパフェに取り込む手を止めた。
「そんなもんかなあ」
「そんなもんだよ」
こういう感情には疎いカナは顔を渋めるが、吉野の微笑みは崩れない。
「藤岡さんに嫌われるのが嫌?」
「そりゃそうだよ。まあいままでのこと考えたらもう嫌われてるかもしれないけど」
いまさら気づいたこの感情。でもまだ手遅れではないはずだ。
しかしどうしたものか。カナは考える、しかし答えは浮かばない。
「大丈夫だよ。嫌いだったらここまで長く付き合わないもの」
「そうかなあ」
「そうだよ。それに言葉でダメだったらほかに手はあるじゃない」
「どんな」
「わかってるくせに」
吉野の笑顔は突如妖艶さを増し、マコトのうなじを抱え上げ、なめ上げた。
男の呻き声があがり、彼女の笑みは深まる。ぞくりとカナの背筋は凍り寒気を覚える。
「男と女の……ね?」
「わ、わかったよ」
すでに制覇したパフェの前に紙幣を置くと、カナは出ていった。その背を、おもしろそうに吉野は見る。
「我ながら悪いことしてると思うよ」
マコトにシナモンスティックをかじらせつつ、
「でもおもしろいからいいよね」
吉野は笑う。
ダージリンを啜る吉野に、カナはパフェに取り込む手を止めた。
「そんなもんかなあ」
「そんなもんだよ」
こういう感情には疎いカナは顔を渋めるが、吉野の微笑みは崩れない。
「藤岡さんに嫌われるのが嫌?」
「そりゃそうだよ。まあいままでのこと考えたらもう嫌われてるかもしれないけど」
いまさら気づいたこの感情。でもまだ手遅れではないはずだ。
しかしどうしたものか。カナは考える、しかし答えは浮かばない。
「大丈夫だよ。嫌いだったらここまで長く付き合わないもの」
「そうかなあ」
「そうだよ。それに言葉でダメだったらほかに手はあるじゃない」
「どんな」
「わかってるくせに」
吉野の笑顔は突如妖艶さを増し、マコトのうなじを抱え上げ、なめ上げた。
男の呻き声があがり、彼女の笑みは深まる。ぞくりとカナの背筋は凍り寒気を覚える。
「男と女の……ね?」
「わ、わかったよ」
すでに制覇したパフェの前に紙幣を置くと、カナは出ていった。その背を、おもしろそうに吉野は見る。
「我ながら悪いことしてると思うよ」
マコトにシナモンスティックをかじらせつつ、
「でもおもしろいからいいよね」
吉野は笑う。
「よお、藤岡」
「おかえり南」
「千秋は?」
「自分の部屋にいるよ」
「そうか。ところで今日泊まっていくか?」
「そうさせてもらうつもりだよ」
「そうかそうか。ならいいんだ」
「?」
思い立ったら即行動。それがカナがカナたる所以とも言えた。
だからその晩藤岡が寝てる部屋に忍びこむのも納得できるというものだ。
「おかえり南」
「千秋は?」
「自分の部屋にいるよ」
「そうか。ところで今日泊まっていくか?」
「そうさせてもらうつもりだよ」
「そうかそうか。ならいいんだ」
「?」
思い立ったら即行動。それがカナがカナたる所以とも言えた。
だからその晩藤岡が寝てる部屋に忍びこむのも納得できるというものだ。
暗闇の中、そっと抜け出す姉の影を妹は感じた。
(カナ……?)
トイレだろうか。いや、それにしてはやけに慎重だ。
いつもなら無遠慮に足音を立てて、戸も音を出して開けるはずなのに。今日は最小限に抑えられている。
千秋はそれに続くように部屋を出る。
行き先はすぐに予想がついた。
滅多に帰らなくなった春香にかわるように入ってきた同居人の部屋だ。
(藤岡に何の用だ?)
藤岡が寝室としている部屋の戸が開けられ、閉められる。千秋はその戸に耳を預けた。
『おい起きろ藤岡』
『ん……んぅ? どうしたんだ南、こんな夜中に』
『どうやらわたしはお前が好きになったらしい』
『…………は?』
『だから実力行使にきた』
『南それってどういう──むぐっ』
『バカ! 歯が当たったじゃないか』
『だっていきなりキスするから──ていうか……ええ!?』
『わ、わたしだって恥ずかしいんだぞ!?』
(なにやってんだあのバカ野郎は……)
何かが音を立ててひび割れていく。
長い年月をかけて培ってきた藤岡との関係が、まったく気にしていなかった奴のせいでめちゃくちゃにされようとしているのはかろうじてわかった。
怒りか悲しみか。どちらか判別できない感情が渦となって千秋の中にくすぶる。
『でも、嬉しいよ。俺も南が……カナが好きだったから』
『な、なんだと!? そうなのか!?』
『中二のころからね、ずっと』
『てっきり千秋のことが好きなんだと思ってたよ』
嫌な予感がした。ここから先は聞いてはいけない。
離れようとするが体が動かない。離れなきゃ。
『ああ、千秋ちゃん。千秋ちゃんは────』
離れなきゃ。逃げなきゃ。早く、早く早く早く早く早く────────!!
(カナ……?)
トイレだろうか。いや、それにしてはやけに慎重だ。
いつもなら無遠慮に足音を立てて、戸も音を出して開けるはずなのに。今日は最小限に抑えられている。
千秋はそれに続くように部屋を出る。
行き先はすぐに予想がついた。
滅多に帰らなくなった春香にかわるように入ってきた同居人の部屋だ。
(藤岡に何の用だ?)
藤岡が寝室としている部屋の戸が開けられ、閉められる。千秋はその戸に耳を預けた。
『おい起きろ藤岡』
『ん……んぅ? どうしたんだ南、こんな夜中に』
『どうやらわたしはお前が好きになったらしい』
『…………は?』
『だから実力行使にきた』
『南それってどういう──むぐっ』
『バカ! 歯が当たったじゃないか』
『だっていきなりキスするから──ていうか……ええ!?』
『わ、わたしだって恥ずかしいんだぞ!?』
(なにやってんだあのバカ野郎は……)
何かが音を立ててひび割れていく。
長い年月をかけて培ってきた藤岡との関係が、まったく気にしていなかった奴のせいでめちゃくちゃにされようとしているのはかろうじてわかった。
怒りか悲しみか。どちらか判別できない感情が渦となって千秋の中にくすぶる。
『でも、嬉しいよ。俺も南が……カナが好きだったから』
『な、なんだと!? そうなのか!?』
『中二のころからね、ずっと』
『てっきり千秋のことが好きなんだと思ってたよ』
嫌な予感がした。ここから先は聞いてはいけない。
離れようとするが体が動かない。離れなきゃ。
『ああ、千秋ちゃん。千秋ちゃんは────』
離れなきゃ。逃げなきゃ。早く、早く早く早く早く早く────────!!
『別に好きでもなんでもないよ。最近はちょっとうんざりしてたし』
ピシリ。ピシリピシリピシリ――。
壊れていく。これまで積み上げ、大切にしたものが、ガラガラ────崩れていく。
「う……あ、ああ……」
やっと体が動いた。音をたてず、幽鬼のごとく自室に戻り、ふとんをかぶる。
すべてが自分の挙動に感じられなかった。
「あ、わ……あががががが」
涙がふとんにしみこむ。
体の震えが止まらない。
のどは吃音をとばすだけ。
「う、え。あ、うええええええ」
あのころのままでよかった。
あのころのままがよかった。
夢を見れたあのころが。
わらっていられたあのころが。
壊れていく。これまで積み上げ、大切にしたものが、ガラガラ────崩れていく。
「う……あ、ああ……」
やっと体が動いた。音をたてず、幽鬼のごとく自室に戻り、ふとんをかぶる。
すべてが自分の挙動に感じられなかった。
「あ、わ……あががががが」
涙がふとんにしみこむ。
体の震えが止まらない。
のどは吃音をとばすだけ。
「う、え。あ、うええええええ」
あのころのままでよかった。
あのころのままがよかった。
夢を見れたあのころが。
わらっていられたあのころが。
くたびれた────ずっと千秋に付き合ってきたぬいぐるみの腕がぽとり、限界を迎えて落ちた。
しかしそれが直されることは未来永劫なかった。
しかしそれが直されることは未来永劫なかった。
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- 衝撃的でした 恐いと思いました -- ぽぃう (2009-08-02 15:46:34)
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