桜場コハル作品エロパロスレ・新保管庫

小さな恋のメロディ(中編)

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coharu

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翌日、授業の間も休み時間中も給食の時間中も、どこか落ち着かないようにそわそわしていたマコトの様子を見て、内田は確信した。
(マコトくん……今日ハルカちゃんに告白するつもりなんだ……)
そして案の定と言うべきか、放課後になるや否やマコトは内田を呼び出し、こう告げた。
「オレの腹は決まったよ、今日ハルカさんに告白する!
 勿論、昨日内田に教えてもらったようにする! オレの全てをぶつけるよ!」
まるで戦場に赴く兵士の高揚にも似た、ハイなテンションのマコトを見て、
「そうなんだ……」
内田はそう呟くのが精一杯だった。
「それにしてもへんなこと相談しちゃって、内田には悪かったと思ってるよ」
「ううん、そんなことないよ」
四日連続の二人の帰り道。
もしかすると今日で最後になるのかもしれない――そう思うと内田にとっては不思議と寂しく感じた。
「告白、上手くいくといいね」
「うん! 当たって砕けてくるよ!」
「……砕けちゃったらだめじゃない?」
「あっ、そうか! じゃあ当たって砕けない!」
相変わらずのやり取りに、内田は我ながら少し可笑しくなってしまった。
そして、笑いを堪えてどうしても気になることがあって、そのまま尋ねてみた。

「告白は……『マコちゃん』になってするの?」
すると、マコトはきっぱりと、
「いや、女装はしない。『マコちゃん』ならハルカさんは凄く優しくしてくれるし、
 カナなんか女装してないと家に上がらせてくれないかもしれないけど、今回はそれじゃ意味がないんだ。
 なぜなら、ハルカさんのことが好きなのは『マコちゃん』じゃなくて『マコト』だからさ!」
「そうだよね……」
(マコトくん……本気でハルカちゃんのこと好きなんだね……)
また小さく胸が疼く。
いかに内田がまだ無知で未熟な少女とはいえ、徐々にその感情の正体に気がついていく。
(本当なら、ここはもっと笑顔でマコトくんを送り出してあげなきゃいけないのに……
どうしてだろう、こんなにヘンな気持ちになるなんて……)
「じゃあ行ってくるよ!!」
手を振って、意気揚々と南家の方向へ駆けていくマコトを見送る顔はどことなく寂しげ。
(そうか……わたし、マコトくんのこと、いつのまにか好きになっていたんだ)
しかし、それはもはや遅すぎた自覚だった。
マコトの気持ちは別のところにあり、しかもこれからそれを相手に告げようとしているというタイミングだ。
これ以上の皮肉な形で、心の中に芽生えた感情を自覚するがあるのだろうか。
「…………」
遠ざかっていくマコトの後姿を内田はただ無言で見送っていた。



『ピンポーン♪』
「はいはい、今出ますよーっと」
所は変わって南家。突然の来客に対応するため、カナは学校帰りの制服姿もそのままに玄関に向かっていた。
「どちらさまー……って、マコト?」
「…………」
ドアの前で無言で仁王立ちしていたマコト。
その普段のどこか抜けたような陽気さとは裏腹の深刻そうな面持ちに、カナは一瞬ただならぬものを感じたものの、
「お前、どういう了見で、その姿でウチにやってきた?」
胸を張って見下ろすように言い放つ。
「どういう了見って……」
「大方ハルカ目当てだろうが……私は自分の後輩の『マコちゃん』だったら、中に入れてあげないこともないが?」
カナがこういうことを言ってくるのはマコトの予想の範囲内だった。
しかし、マコトもここで退くなら、最初から来てはいない。
「頼むよカナ……ちょっとだけでいいから、中に入れてくれないかな? ハルカさん、いるんでしょう?」
「確かにハルカはもう帰ってきてるけど……お前な、今日はチアキがいないからいいけれど、
 もしいたら『マコト』は四の五の言わず追い出されてるんだぞ?」
チアキが運動会の実行委員か何かの仕事で、今日は遅れて帰ってくることもマコトは計算に入れていた。
本人には悪いが、これから自分がしようとしていることを考えると、ハルカを溺愛するチアキはこの場合どうしても邪魔な存在だからだ。
「それはわかってるけどさ……こればっかりはゆずれないんだ!! 頼む、カナ!! 中に入れてくれっ!」
尋常でない勢いで、己の服に掴みかかってねだるマコトに、さしものカナもたじろいだ。
「わ、わかったよ……! でもお前、チアキが戻る前に帰った方がいいぞ?」
「……! ありがとう!!」
あまりの剣幕に戸惑うカナを玄関に残し、マコトは一目散に居間に向かった。
「おじゃまします……って、あれ?」
マコトがそこで見たのは、まるで力尽きたかのようにうつ伏せになって寝転がっているハルカの姿だった。
「ああ、お前は知らないのか。ハルカはな、基本怠け者なんだ。
 今日も帰ってきたと思ったらロクに着替えもせず、そのままバタンキューだよ」
背後から顔を出したカナがそう解説するものの、別にそんな意外な一面を見てしまったからと言え、気持ちが醒めることもない。
「おーい、ハルカ起きろー、お客さんだぞー」
カナが肩を三、四度ゆらすと、「ぅん……」と初心な少年には色っぽく聞こえてしまうような吐息と共に、ハルカが身体を起こした。

「!!!!」
ハルカの姿を正面から見た時、マコトの身体が固まった。
あろうことかハルカの制服の前は猥雑にはだけ、緩められたタイ、真っ白なシャツの奥に僅かに下着のピンク色が見えている。
更に目を凝らすと、微妙に胸の谷間まで見えて……
「あらら、おいハルカ、前、前……!!」
「ぅ……ん……え? ああっ!!」
カナの声にハッとしたように覚醒したハルカは慌てて胸元を隠した。
「いつ客が来るかわからないんだから、いい加減中途半端に制服脱いだまま寝るのやめろよなー」
カナに咎められ、ハルカは決まりが悪そうに笑いながら、
「あはは……で、君は確か……チアキのクラスメートの……」
「マコトです!!」
即答する。よく考えてみれば、『マコト』としてハルカさんと対峙する機会なんて、いつ以来だろうか。
現にハルカさんは自分の存在を覚えていなかったようだ。それでも、
(ここで退くわけにはいかないよな……ええーい! もう当たって砕けろ……って砕けちゃダメだった……あーもう!!)
マコトはキッと口を結び、真っ直ぐにハルカの顔を見つめた。
(ここは内田の言っていたことを思い出すんだ……!)
「えーっと、チアキは今日は遅くなるみたいだけど……もしよかったら戻るまでお茶でも……」
「ハルカさん!!!」
気遣いの提案を遮り、大声で叫んだマコトにハルカも、傍らで様子を見守っていたカナも驚いたように身体を震わせた。
「聞いて欲しいことがあるんです!! オレは――――」



「はぁ……マコトくん、どうなったかな……」
その夜――内田はベットに寝転がり、天井を見つめるとそう一人呟いた。
未だ十年ぽっちの短い人生の中でとはいえ、一世一代の大告白。
内田はその顛末がどうなっているのか気になって仕方なかった。
「やっぱり……難しいのかな……」
正直に言って、内田はマコトの告白が実らないことを少しだけ期待していた。
それは勿論、自分がマコトのことを好きになっていると気づいたから。
が、肝心のマコトの気持ちはどうなのか。
例え今回その想いが成就しなかったとしても簡単に諦めてしまえるのだろうか。
そしてその気持ちが自分の方向へ向くことがありうるのだろうか。
否、それは考えられない。
告白へ向かう直前、あの普段のマコトからは想像できない真剣そのものだった様子を見ている内田にはそれは自明だった。
それに、だ。例ええ今回その想いが成就しなかったとして、それから自分はどうするのだろうか?
自分に恥も外聞も捨て、想いを告げるだけの勇気があるのだろうか?
そもそも想い人が失恋した隙を見て……というのはズルいのではないか?
「もう……わからないよ~……」
とにかく、内田の頭の中ではそのようなことばかりがグルグルとゴチャゴチャの螺旋を描いて走り回り、ただただ寝返りを打ち、枕に顔を埋めて低く唸ることしかできない。
是、まさに恋を知ったばかりの少女にとってあまりに難問。
そして最も大事なこと。
その告白の行方がどうなるかに関わらず、頭を占めるのはあのマコトの真剣さだ。
つまりそれは、マコトの心の中に自分という存在はいないわけで――。
所詮は『頼りになる友達』程度の認識しかないわけで――。
その事実は、少女の心にはあまりにも重すぎた。
「こんなことなら……最初から相談になんか乗るんじゃなかったな……」
全てはボタンの掛け違いか――。
「でも……しばらくの間、マコトくんと一緒に帰ったり、一杯話したりして……」
楽しかった。その時はまだ自分の気持ちに気付いていなかったとはいえ、それだけは確か――。
「…………」
だが、それだけに今の気持ちは切なすぎる。こんな痛み、クスリや医者じゃ治せない。
「……ぅ……ぅぅ……ぅぅぅ……」
その夜、内田は枕を涙に濡らした。



翌日。
目の下に派手なクマを作りながらも何とか登校した内田を待っていたのは、主のいないマコトの席だった。
周囲は元気の塊のようなマコトでも珍しく風邪でもひいたのだろうと気にとめることもなかったが、内田は違った。
そしてその嫌な予感が的中したと知ったのは、放課後だった。
「おい、内田――」
振り向くとそこにいたのはチアキだった。
「お前、昨日マコトのやつと一緒に帰ってたよな」
「うん、そうだけど……」
「担任の先生が様子を伺いにマコトの家に電話をしたらしい。
 そしたらマコトの母親が言うに、アイツ今日は普通に家を出ていたそうだ。
 さっき職員室で偶々その話を聞いた」
「え」
内田は背筋に氷柱を挿し込まれたような錯覚を感じた。
「お前、何か知らないか?」
「…………」
無言で固まる内田に、チアキは「ダメだこりゃ」と溜息をつくと、
「カナに聞いたんだけど、アイツ、昨日私がいない間にウチに来てたらしいんだ。
 まったく……バカ野郎は人に心配をかけることにかけては一流だよ。
 ウチにも一人いるからわか……って、おい内田?」
チアキが言葉を終える前に、内田は弾かれたように教室を飛び出していた。


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